安田好弘
右被告人に対する頭書被告事件につき、平成一一年六月一一日東京地方裁判所刑事第一六部がした保釈許可決定に対し、左記のとおり抗告を申し立て、あわせて右裁判の執行停止を求める。
平成一一年六月一一日
東京地方検察庁
検察官 検事 宇川春彦 印
東京高等裁判所 殿
第一 申立ての趣旨
一 被告人については、保釈を許すべからざる理由があることが明らかであるのに保釈を許可したことは判断を誤ったものであるから、右裁判の取消を求める。
二 保釈許可の裁判により直ちに被告人を釈放するときは、本件抗告が認容されてもその目的を達しないので、本件抗告の裁判があるまで保釈許可決定の執行停止を求める。
第二 理由
別紙のとおり
二 被告人の供述態度、認否等
被告人は、捜査段階から事実を否認し、合法的な財産の分散を指示しただけで違法ではない旨主張し、検察官の取調べに対しても、共犯者の供述と大きく食い違う否認供述をしたり、「当時の記憶を順次喚起して、記憶をよく整理してから正確なところを述べたい」などと曖昧に話題をそらすなどしており、本件の事実関係を率直に述べようとするのとはほど遠い供述態度であった(その詳細については、平成一〇年一二月二八日付け検察官意見書を参照)。
このような被告人の態度は、第一回公判以後も何ら変わりはない。被告人は、第一回公判において、「本件は、S.C.、I.K、S.Iらの内容虚偽の供述に基づきねつ造されたものである」と主張して事実を全面的に否定するとともに、「サブリース」等さまざまな主張を持ち出して論点を拡散させ、犯行当時のスンーズの経営状態や経済活動の実体について種々の紛れを生じさせようとしているのであり、何としてでも刑事責任を免れようとの姿勢をより鮮明にしているのである。
三 罪証隠滅のおそれ
1 本件公判においては、主要な共犯者の供述調書がすべて不同意となっているほか、債権者や賃借人らの供述調書についても、かなりの部分が一部不同意となっている。
したがって、検察官としては、証人九名の尋問を請求して順次立証を行っているところであるが、現時点においては、債権者三名の証人尋問が終了したのみで、経理係O.Yの反対尋問が続行中である。同証人の尋問が全部終了した後も、引き続き共犯者三名を含め最低でも五名の証人尋問がなお必要であり罪証隠滅のおそれは前回の保釈請求時(平成一一年四月二六日付け)と全く変わっていない。
2 弁護人は、本件の事実関係について「被告人の分社化・サブリーズの指示がスンーズ社内で徹底しなかった」、「Oは隠し資産を蓄積していたために、エービーシー及びワイドトレジャーについて独立の会計処理をすることはできず、その意思もなかった」、「被告人の分社化構想を阻害したのは、S社長も知らないところで進行していたOらの帳簿操作であった」と主張し、O証言によって、被告人の無罪を推認させる情況事実が明らかになり、保釈を許すべき条件が整ったと主張する。
しかしながら、スンーズ社の経理処理に不適切な部分があったからといって、本件「賃料隠し」の事実がなくなるというものではない。エービーシーあるいはワイドトレジャー名義の口座に振り込まれた賃料が、スンーズの収入として扱われていたこと自体は動かし難いのであり、これが果たして「被告人の指示の結果」であったか、それとも「指示の不徹底」によるものであったかどうかは、いわゆる「経営会議」の場における被告人の発言内容等にかかっているのである。
したがって、本件においては、少なくとも経営会議に参加していた共犯者らの証人尋問が終了しない限り、被告人の意図、認識、共謀、関係者との連絡、指示内容等に関わる働きかけ・罪証隠滅のおそれは、払拭されない。特に現時点においては、第一審で事実を認めていたS.C.が、執行猶予判決を受けたにも関わらず、控訴して争う構えを見せていることから、なおさらである。
なお、弁護人からは、被告人の訴訟日誌等の開示を受けているが、これらは「行動を確定する一つの資料ではあるが、単にそれにとどまる」ものであるから(平成一一年三月付け保釈請求書)、これによって、被告人の意図、認識、共謀等に関する罪証隠滅の可能性がなくなるというものでもない。
3 以上のほか、被告人には、捜査段階における具体的な罪証隠滅行為が認められること、この点に関する弁護人の主張が当を得ていないこと、保釈条件の設定によっても罪証隠滅のおそれを払拭できないことについては、平成一〇年一二月二八日付け及び同一一年三月三日付け検察官意見書で詳述したとおりであるから、これらを引用する。
なお、弁護人は、I.Kのファイルの返却等に関わる林敏彦弁護士らの活動について、「あくまでもスンーズ経営陣の弁護人として、正当な弁護活動を行ったもので、被告人自身を守るために活動したことなど一切ない」と主張する。しかしながら、被告人からの要請によりI.K.の弁護人に選任された林弁護士らは、平成一〇年一〇月三一日に同人から弁護人を解任されながら、預かり書類(その中には極めて重要な証拠であるノートや業務日誌類が多数含まれていた)を速やかに返却せず、同人の新弁護人たる宮下弁護士からの督促によって、一一月四日から一一日にかけ、三度に分けて小出しに返却した事実がある。
しかも、これらの書類については、I.K.らが「それでもなお未返却分がある」と不信感を示していたにもかかわらず、「まだ返還されていないものがあるなどうということは絶対にあり得ない」(平成一一年三月三日付け保釈請求書)などとされていたところ、右返却からさらに六ヶ月余を経過した平成一一年五月一七日、「事務所を片づけていたら出てきた」と称して、クリアファイル二冊が突如として返却されてきたのである。この間の経緯については極めて釈然としないものがある。
4 結局、右に指摘した本件の罪質、争点、被告人の認否、公判審理の状況等に照らせば、被告人については、なお罪証隠滅を図るおそれが極めて高いというべきである。
四 裁量保釈
本件は、前記一において述べたとおり、真相の徹底究明を必要とする極めて重大な犯罪である上、身柄拘束を相当とする程度の犯罪の嫌疑が認められる以上は、弁護士であるからといって、他の者に比べて特別扱いするのは相当ではなく、本件において、裁量保釈を相当とする事情は認められない。
五 保釈条件について
裁判所は、被告人に対し、「事件関係者に対し、直接又は弁護士を除く他の者を介して、面談したり、親書を発受したり、架電したり、インターネットを利用して通信を発受するなど、一切の接触を行ってはならない」との保釈条件を付しているが、本件においては、一二四〇名にも及ぶ弁護人が選任されており、その全員の行動を被告人及び主任弁護人において全面的に統率するのが困難であることは明らかである上、インターネット上の記事掲載についても、右の保釈条件に抵触することなく、関係者に対して、被告人に不利益な供述をしないような心理的圧迫を加えたり、供述内容に影響を与えることは可能であるから、右の条件が付されているとしても、被告人が罪証隠滅に及ぶおそれは到底防止し難いものといわねばならない。
六 結論
以上のとおり、本件においては、被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があり(刑事訴訟法八九条四号該当)、また、裁量保釈を許すべき事情もないから、本保釈請求は直ちに却下されるべきである。