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盗聴法(通信傍受法)無効化リング
: by (キタノ) |<5 << < home random list > >> 5>| |
http://www.asahi.com/politics/update/0702/007.html
>自宅外での飲酒禁止、内規を徹底 セクハラ問題で共産党
うろおぼえだが、レーニンは積極的に居酒屋にいき、そこで労働者たちと飲みながら談論に興じ、そのなかで一般民衆の不平不満をリアルに感じとってそれを自らの運動に生かしていたということだったが・・・
つくづく、自らが日本共産党員なんぞでなくてよかったと思える記事だな。わが旧知の党員たちよどう思う。
すごいひさしぶりに書き込みます。
3/8の反戦集会、4万人も日比谷に集まったそうですね。
私は行けなかった(忸怩たる思い)のだけど、それなりに集まるだろうとは思っていた。
でも、せいぜい1万〜2万(最大値)と思っていたので、4万人は慮外といってよい。
これは日本の歴史に残る数字である。
このことを受け止められない、政治権力は、滅びるであろう。
山梨県の西の方にある町村が合併して「南アルプス市」になるとの報道があった。それは良い。
しかし、この市名の英語(英文)表記はどうするのか、が気になる。Minami Alps City になるのか、それとも、Minami Arupusu City になるのか。
後者はたぶんお役所の表記的には正しい。しかし、対外的には、圧倒的に恥ずかしい。
恥ずかしい命名をするのかどうか、興味深い。
去年のいまごろ、G4を買ってメモリ640MBにしたなんて書いてある。それと環境全然変わってません。(メーラを ARENA に変えたぐらい。)なんていうかMacをこんなに安定的に使ってきた1年というのははじめてのような気がする。あと2〜3年このまんまだったりして。
で、Mac OS X についても状況は変わらず。ソフトの動作確認のために2、3回起動しただけ。ぼちぼちOS Xに移行している人もいるようだけど、どうもね。
突如自動更新のCGIが動かなくなっていたのだが、apacheのバージョンが上がったせいらしい。ということでたまご社員による原因究明の結果書き込めるようになったはず。
くだんの日弁連ですが、さすがにマニアックスに掲載されると反響があったのでしょうか、こんなふうに「リンク条件」を修正していました。なんか往生際が悪い言い訳が書いてありますが。
しかし、この日弁連の(旧)リンク条件はテンプレートとして認識されている傾向があるようで、徳島弁護士会のように「リンクフリーではありません」とかトンチキなことが書いてあるところもあります。日弁連はちゃんと指導するように。
うーむ、日弁連ってこんなにアホだったのか・・・
なぜアホか?→ここを参照
リンクするときには電話番号まで教えろとかいうのも相当アホだけど、とにかくトップページにしかリンクするな、というのもおかしい。たとえば、「弁護士会館で集会やります〜」なんて告知する場合、その場所を示すには、「ここです」(地図)のように示した方が効率的でしょう。ナニがいけないのか??
オゾン(O3)は人体にとって猛毒で、吸引すると生臭い異臭がします。が・・・
http://www.google.co.jp/search?q=%83I%83%5D%83%93%82%BD%82%C1%82%D5%82%E8&hl=ja&lr=
気持ちの悪い観光地が多いものです。
(cf. 「マイナスイオンたっぷり」)
河上さんからリングを引きついだキタノさんから、ていねいなメールをいただいた。
リングは存続しているのでぜひ続けてほしいとのこと。
当方の不明でした。
復活させました。
みずほHDの前田社長が国会に召喚されてようやく表に出て来た。遅きに失した。そして「実害は出ていない」と放言した。
このようなどうしようもない輩が経営のトップに鎮座するのが世界最大の資金量を持つ銀行だというのだから、悪い冗談にもならない。
さて、その前田社長によれば、今回のシステム構築プロジェクトの詳細設計を開始したのが去年の11月だという。これを聞いた世間のSEはみんなひっくり返ったことであろう。1昨年の11月詳細設計フェーズでもギリギリの線であり、昨年の11月だったら、最終テストフェーズに入っていなければどうしようもない。
現代の銀行はオンラインとホストコンピュータの上に築かれており、ある意味「装置産業」と言っても過言でない。
そのような生命線の構築を軽視して旧行の勢力争いに終始していたのだから、今回の失態は、経営陣のモラルハザード以外の何ものでもない。その根底には、小口取引なんか別に失ってもかまわないというリテール業務蔑視があることは間違いないだろう。
ちなみに、参考人招致の際、日本共産党の佐々木憲昭議員は全然、今回の本質から外れた質問に終始していた。ムネオはこの際関係ないだろう。それしか看板がないのか。なぜ、コンピュータ労働者の労働実態を追及しないのか。この党もまったくダメとしかいいようがない。
PS. ちなみにここでいう「モラルハザード」は、用語としての使い方が変かもしれないが、「システムに関する意識の欠如がもたらした災害」という意味で使った。なお、小泉首相等が「たるんでる」と批判したのと同一次元ではないつもりである。小泉らのコメントは、事の本質を外して事象を単なるエピソード化することでレピュテーションの危機を回避しようとしているものであろう。
なんだかんだ言っても一応「メインバンク」にいきなり傾かれても困るので、8日のジョブ処理がうまくいくことを祈っていたのだが、やはりというか、悪い予感通り「みずほ」の状態はスパイラル的に悪化の一途を辿っている感がある。
8日は朝イチでとりあえず残高の大部分を多摩中央信用金庫に移動した。
昨日のつぶやきで「報道管制」と書いたが、実際、民放ニュース番組での「みずほ」問題の扱いは極めて軽い。NHKでは比較的詳細に報道しているようなので、スポンサー様に配慮した自主規制なのだろうか。なにが「報道の自由」だろうか、と嫌味のひとつも言いたくなってくる。
とりあえずみずほとの取引は見直させていただくこととして、地元の信用金庫だけでは取引先様の不便もあるので、明日にでも新規口座を都銀のどこかに開設してこようと思う。比較的近くにあるのはUFJと三井住友だが、三井住友はシステム統合が済んでいないので、その点での危険性は高いと見る。いままでにトラブルを発生させているとはいえ、UFJはまがりなりにもシステム統合を実施して運用を続けているので、妥当なところか。
海外から見ると、こんな始末になっているのに預金を引き上げない契約者が多い日本は異様に見えるらしい。まあ、いやでもしばらくしたらそんないままでの「銀行幻想」は吹き飛ぶであろう。政府はみずほを潰さないという読みはあるが、政府自体に支える能力がなくなったらどうしようもない。
それにしてもみずほの事態は、システム開発プロジェクトという側面では、私達の同業者が巻き込まれているわけで、他人事とは思えないところがある。また、開発担当者のことなど人を人とも思わないような使い方をしたであろう、みずほの経営陣の道義的責任を追及しなければならないと思う。おそらく、現在も苛酷な状況下に拘束されているプログラマーに関しては、深刻な人権問題に及ぶ状況になっている危険性が強い。腐れ銀行のシステムなどより人命が重要である。もっとも、腐れ銀行のシステムがまったく動かなくなると別の人命にも危険が及ぶのであろうが。まったく始末におえないことである。
みずほが出してきた2枚のプロジェクト関連図を見たが、とにかく、この案件はあらゆる点でぐちゃぐちゃであっただろうと容易に想像できる。こんな極悪な案件、普通の開発会社であれば絶対受注しない。三行の非・システム的な政治的対立と妥協の産物として、「統合システム」のネットワークにおいては、全部違うホストコンピュータを3つとも残し(ゆえに「統合」とは言えないのだが)、それをリング状に接続するという極めて非効率で安定性の保証しにくいデザインになってしまった。ホスト自体の開発ではなく「つなぐだけ」とはいえ、基幹データの全電文パターンに対してフォーマットやプロトコルのコンバートをした上で大量に振り分けを行なうようなシステムなど、想像するだに恐ろしい。実際、旧勧銀のホストコンピュータのメーカーである富士通はタッチしていないようだし、おそらく問題の中継接続コンピュータ(案の定、このコンピュータでトラブルが起こっている)のメーカーであると思われる日立も、「応援人員」を投入しているだけであるようだ。したがって、実際に動いて来たシステム担当者はみずほ傘下のシステム会社であろうと推測できる。こうなると、一応別会社であっても受注を拒否する権限などないも同然である。ここから再発注を受けてプロジェクトに投入された外注さんがいると思われるが、それこそ災難としか言いようがなかったであろう。(この時点でシステム開発の担当者側にプロジェクトマネージャーがいるわけで、その人の能力に問題があった可能性もある。単純に経営側が悪く開発側に罪はないとしてしまうことはできない。が、プロジェクト失敗の責任が立場の弱い者の側に擦り付けられる傾向がある以上、あえてここでは「発注責任者」としてのみずほ経営陣を指弾する。)
それにしても、システムが稼動するには最低限の品質は絶対的に保証されていないといけない。そのために検収基準というものがあるはずだ。「納期が絶対」であるとはいえ、納期が来たからと言って、動作しないシステムを稼動させてしまってはいけない。システムが稼動開始したということは、システムが検収されたということで、もちろんバグ発生についての責任は納入したシステム屋にあるものの、稼動させたこと、その結果についての全責任は発注者が負うべきものである。
具体的には、どんなことがあってもテストのための十分な期間をとらなければならない。みずほの記者会見では口を濁していたが、問題が起こった部分についてのテストが十分に行なわれていなかったのは明白である。テストが十分にできないのであれば、システムの稼動をなんとしてでも延期すべきであった。別にホストのリレーションなどしなくて旧行の機能をそのまま保持したって、「みずほ銀行」と名乗っていけないわけではない。どうして新システム稼動を先延ばしにできなかったのか。
そのあたりをわかっていない者がシステムを発注したりしてはならないのである、と強く思う。とくに、発注先は事実上、スケジュール等についての発言権を有しない部隊である。むちゃな要求(仕様とスケジュール)を出しておいて、あとは何も言わず死んでもシステムを作れ、という、それこそ非文明的なやり方には激しい怒りを禁じ得ない。このようなやり方はいいかげんにもう絶滅してほしい。みずほは、おそらく、史上最悪のシステム発注者である。
みずほが今後最低限、文明のために行なわなければならないことは、この大惨事の実態をすべてディスクローズし、再発防止の糧として提供することである。おそらくこの案件には、システム開発が失敗する要因がすべて詰め込まれていたと思う。それを分析することは非常に有意義であるはずだ。政府が業務改善命令を出すなら、このことを命令してほしい。(もっとも金融庁がみずほを脅したのが今回の不始末の一因という説も有力なので、政府に期待するのも無駄かもしれないが・・・)
それから、システム担当従業員・外注担当者の人命と健康を損なわないようにすることが絶対に必要である。
システムの末端担当者は、なにがなんでも十分な休息と休暇を取得してほしい。それがどうしても難しければ、入院してでも逃亡した方が良い。命あっての物だねである。
銀行の勘定系システムというのはいわゆるミッションクリティカル(停止が許されない、高度な安全性と信頼性を要求されるシステム)の代表例のようなものである。そのようなシステムを構築する際は、コストや期間よりも安定性の確保を重視し、“ガチガチ”の設計・コーディングと、あらゆる状況を想定した苛酷な条件でのテストが不可欠である。そういう世界では、いまだにメインフレームが主流を占めており、「ITブーム」でもてはやされているオープンシステムとかLinuxとかいったものは見向きもされないのであるが、それも、開発効率やマシンのコストパフォーマンス、場合によっては処理性能よりも、実績と安定性が重視されるからである。
ところが、今回の「みずほ」のトラブルでは、ミッションクリティカルどころか、ごく普通の情報系システムであっても起こったらまずいようなトラブルが起動直後からあっさりと起こり続けている。少しでもシステムに関わる業務についているものからすれば、大震災や航空機テロ以上の驚天動地の事態である。「間違ってもこうなってはならない」「万万が一にでもこんなことが起こったらおしまい」という最悪の想定事態のレベルの、何倍か何十倍かの事態が発生しているということである。
しかも、この事態は事前に当事者によっても予測されていたことだったのである。当然、頭取を含めた上層部も、4月1日にどんなことが起こるか、ある程度は想像がついていたであろう。ある情報によれば、年明け前後から「システム移行はオンスケジュールでは無理」ということが公然化し、2月ごろには常識化していたらしい。そのような状態でありながら、リスケジュールを行なわずにシステム移行を強行したことによる、あらゆる損害はみずほのトップの判断ミスに100%帰責すると言わなければならないであろう。このように「未必の故意」とでも言うべき優柔不断によって、現実に経済的な損害が発生している以上、民事上の責任はもちろん、刑事責任すらみずほの患部連中(あえて誤植)には問われてしかるべきである。
みずほのシステム障害は大きく分けて2つに分類される。いわゆる「ATM障害」と「口座振替失敗」である。後者には、250万件と言われる振り替え未処理と、3万件の二重引き落としが含まれる。
前者は4月1日のシステム起動後にすぐ露見した。が、後者の問題もほぼ同時に発生していたのである。しかし、後者についての報道は遅れ、あたかもATM障害が問題の中心であるかの社会的印象をかもし出してしまった。もちろん、ATM関係の障害だけでも重大であるが、今回の障害では圧倒的に、後者の事態が深刻であることは言うまでもない。
口座振替が指定の日に実行されないということは、銀行の基幹業務である決済機能が喪失したということだからである。
今日(7日)の各報道媒体では、「ATMの障害が完全復旧」という記事が出ている。おそらく、月曜日の朝刊には大見出しで「完全復旧」が謳われるであろう。しかし、事実として今回のトラブルの核心部分である、口座振替機能が復旧したということはないし、それが解決に向かっているという確実な情報はいまのところ何もない。「来週中(12日の週)までに(4/1〜4/5までの累積分を)なんとかできればいいな」、と言っているだけである。4/8〜12までに本来行なわれるべき決済がうまくいく保障はまったくないのである。
このあたりは恐らく大本営発表と報道管制があるのだろう。政府は表向き厳しい対応をとるようなことを言っているが、どこまで本気なのか疑わしい。業務改善命令なるものを出すのであれば、本来もう出ていなければまずいだろう。
「みずほ」は、システムがどんな状態であっても4月1日に「統合」しているという形式だけつけておけば、あとはどうなろうと知たことか、というのが実情であったのだろうか。基幹系のシステムが動かない可能性が高い(いや、確実)でも見切り発車してしまうのが実態なのだから、恐らくそうなのだろう。
私もいやな予感がしないでもなかったので、3月末の各締め日は4/1だったけれども29日に全部済ませておいた。売上金の受け入れ口座になっているのと、数点の振替があるのですぐには解約できないのであるが、明日さっそく最低限以上の預金は他に移しかえて置こうと思う。
どうも、盗聴法無効化Webリングが機能しないようになっているようなので、馬なーを撤去しました。別に河上イチロー君がオウム出家信者だったから外したわけではないです。
最近のネット動向を良く知らないけど、Webリングってもう流行らなくなってきたのかな?
*ところで辻元さんはいつごろテレビに復活するのでしょうか? 楽しみにしてます。テレビ見てないけど。
*銀行に対する外形標準課税の判決、安易な外形標準課税への移行を押しとどめるものとして支持。都議会の全政党(「ネット」も含め)はポピュリズム。まともな都議は2人だけみたい。(福士敬子さんとあとひとりは誰だ?)
*盗聴法による捜査が行なわれたことが判明。ナンセンス。
*テロリストをテロリストと非難するテロリストとはたちが悪い。
*東京新聞のコラムで「和食でデザートのことを水菓子と最近書いている。水菓子とは果物のことだと思っていたので、『水菓子はまだ?』と言って店員に怪訝な顔をされた」と。調べてみたら、ネット上では、「水菓子」という用語で、菓子屋が水ヨウカンの類を指したり、料亭の品書きでシャーベットの類を示すのに使用している例が8割がたと見える。こういうのを日本語の破壊というのであろう。料亭は品書きに「デザート」となぜ書かない。どうしてもカタカナがいやなら「甘味」とでも書けばいいのに。
アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない、恥辱のあまり自ら崩れ落ちたのだ。
>現代企画室へ
さっききたSPAMの画面のスクリーンショットです。
なんていうか、もう、コメント不能。
無辜の民を「報復」の名のもとに殺害することがあれば、米国は自らの倫理的な水準をその相手と少なくとも同レベルに自ら落としてしまうことになる。「テロ」に対抗する「正義の国家暴力」などというものはありえない。重大犯罪を犯したものを捕捉することは必要だが、その過程で無関係の民衆を犠牲にしてはならない。
ところでこの「事件」の経過を野次馬として眺めているうちに、ついつい考えてしまうのだが、「これって、1945年の日本人が願望・夢想してできなかったことなのではないか?」ということだ。(実際、自爆テロの発想は多分に旧日本軍の特攻戦術を参考にしていると思える。)
特攻戦士を米国本土に飛来させて、エンパイアステートビルを破壊することができればというのは最高の願望であっただろう。
1945年の日本にはその夢想を実現させるだけの力量と環境がなかっただけのことだと言える。
では、そのような「テロリスト的」夢想を抱いていた当時の日本人と、いまの日本人はどこが違う(変わった)のか。
その変わり目というのは実は明確ではないのではないか。
もちろん「体制」が違うわけだけれど、「体制」を変えるということ=革命(市民革命)を日本人は主体的にやっていない。
アフガニスタンがどうなるかわからないが、仮に米国の圧倒的軍事力の元に沈黙させられたとしよう。そこで民衆が真の主権を得るのではなく、ビンラーディン(冤罪かもしれないが)その人がそもまま「象徴」として90歳近くまで生き延び、その息子が象徴職を引き継いであやしげな宗教行事を主宰し、タリバンが「政教分離」して「自由主義」的保守党として支配する、アフガン「民主主義」国、みたいなものを想像してみよう。現在の日本とはそういうものである。
「特攻」を成立させた主体の自己変革を日本人はやってない。少なくとも欧米からはそう認知されてはいない。
米国にとってすくなくとも「日米同盟」は、NATOと並列する重要な同盟関係であると言える。しかし、今回の事件の後、米国は日本の首脳に対しては通り一遍の儀礼的対応しかしていないように見受けられる。ブッシュが小泉と電話したのは随分後のことであった。(もちろん、米国が好き勝手にできる米軍基地では、ミサイルや爆撃機の出撃準備は、着々と行っていることだろう。)
NATOみたいに地上軍を派遣しなくても済むこと自体は悪いことではない。頼まれもしないのに「集団自衛権」なんか整備しなくても良い。しかし、こういう「非常時」にはっきり現れる、日本と他の「自由世界」間の、いわば根本的な相互疎外関係の実態というものを見つめなおしてみるいい機会のような気がする。いままでは、矛盾をオカネで埋めてきた(そういう「富」を生み出す存在として育成されてきた)日本なのであるが、今後はそういうわけにはいかない。
G4 買ったので、メモリを継ぎ足して640MBとし、Mac OS X を導入してみました。
いやー、なかなか遊べそう。BSD だし。rootでログインして httpd って打ち込んで Apache を動かして遊んでいました。ってこんなことしてる場合じゃない。
でも、日常業務で使うようになるのは、いつのことになるやら。Mac OS 9 をエミュレートするモード (Classic環境) もあるんだけど、やはりかったるいので、起動ディスク(といっても、OS X と同じボリュームだけど)は OS 9 に戻してしまいました。
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昨日のリンクとも絡みますが、この話題に関してはネット上で「あることないこと」が書かれてますので、情報の吟味がなにより重要です。文字どおり「あること」「ないこと」がゴタマゼ状態。ネット初心者にはついていけない世界になってきているかも。
宮崎さんも、いろいろ事情はおありでしょうけど、「真実は墓場まで持っていく」ということだけでは、さすがに通らなくなってきていると思いますよ。
大衆運動をいままでのように先頭にたって引っ張っていくつもりであるならば、自己批判すべきところはきっちりとされた方が良いのでは、と私は思います。(いま、公表されている「自己批判」は、「なかまうち」にしか通用しない言語だと思います。)今後も、「突破者」の1ファンとして、注目させていただきます。
とりあえず、つぶやき・社長日記を御覧の皆様には押さえておいていただきたいリンクを以下に呈示します:
http://miyazaki_kyusatsu.tripod.com/
「糾察」なんてコトバ知らなかった(笑)。
あと、まだ私も内容を知らないのだが、9月7日発売の月刊誌『創』10月号に、「公安調査庁『工作日誌』公開の衝撃と波紋」という記事が掲載される。要注目である。
飲む程にテンションがあがって、
「いけないのは全部アカのせいだ!」「**事件は共産党の仕業だ」とか店内で叫び出し、果ては店員に「坂本○をポアしたのは実は私なんです」と告白する始末(笑)。
とっても面白かったです。また呑みましょう。
言わなかったけど、「にしむらさんって、菅直人に似てる!」
>「言葉尻をとらえようという人がいるんじゃないの。揚げ足取りとかね。
>曲解というか偏見というか、何とかならないかね。教育の重要性を言った
>ということが分かってないんだね」
総理たるもの、片言隻句にいたるまで、言葉尻を捉えられないように気をつけてコメントするのが当たり前。
野宿労働者に対する「曲解」と「偏見」に塗れているのは夫子自身であることに気付かないのは滑稽を通り越して悲惨。
何か書いてあることを期待して(最近とくにそうかもしれない?)来られる方には申し訳ないんですが、「あのネタ」については当面書かないと思います。だれも「期待」してなければ、まあいいんだけど。
来月になったら相当、状況変わってるのかな?
そうそう、imodeお持ちの方、「エンターテイメント」のとこから「競馬・くじ」だったかのところにアクセスしてみてください。toto公式サイトってのができてます。構築に協力させていただきました。(実は、6月いっぱいそれでシンデました。)よろしかったらアクセスしてやってください。ゲット1おくえん!!
すっかりごぶさたしています。あまり反響のないこのコーナーですが、しばらく更新しないでいると結構、問い合わせがあります。基本的には仕事が忙しくて、というより気持ちに余裕がなくて更新が滞りがちです。書きたいことはそれなりにたまっていくのだけれども・・・
ちょっとだけ、「大阪池田事件」のこと。
個人が想像上のうえで、自分がどれだけひどい事件をおこせるものなのかをいろいろ思い巡らせてみても、これだけ卑劣なことはなかなか考え付かないのではないだろうか。それを考え付いただけでなく実際に行ってしまった。客観的な正常・異常の判断は個人にはできないのだが、私にはその容疑者の心理は理解しえないと思うし、なんとも不快で仕方が無い。
しかし、この事件を何か政治的に利用しようという、現在明らかに出てきている企図は、犯人個人への不快感よりもはるかに不快を呼び起こす。
犯人とされている容疑者に病歴があったとしても、予断をもって「精神障害者の犯罪」と決めつけて、それを「精神障害者」全体への弾圧に結び付けていこうとすることを、トップの首相みずからが率先して行っている。現在の世論形成に小泉氏の影響は大きいだけに、軽率きわまりない。
マスコミの混乱も座視しがたい。いま一部マスコミが積極的に行いはじめたキャンペーンは、「容疑者の精神状態は正常」=「責任能力あり」=「死刑」という短絡思考に基づくものだ。だったらもはや、「精神障害者の犯罪」などではないではないか。それとも、「保安処分キャンペーン」と「責任能力あり・死刑」キャンペーンを同時にやるつもりなのか。
とにかく、何もわかっていない状態なのに憶測をふりまいて書き立てる、この国にまかりとおるマスコミの宿痾ともいえるスキャンダリズムは、いかんともしがたいものなのか。
「容疑者については何もコメントできない。このような事件のゆえに精神障害者に対する偏見が強まることを危惧する」と、精神科医の香山リカさんがワイドショーでコメントしたところ、他のコメンテータから総スカンをくらったという話をきいた。しかし、この発言内容は実にまっとう、というか容疑者の診察もしていない精神科医が、事件直後に求められた発言としてこれ以上何が言えるのか。
まともな意見が封殺される社会は、それこそ病気である。
個人の病理の危険やその不安と、社会全体の病理の危険やその不安はくらべものにならない。また、一部マスコミが「望んで」いるように、この犯罪が「正常者」によるものとするなら、それを生み出したのは個人をベースにした病理ではなく、この社会そのものということになる。そのことの方がよっぽど怖いと思うのは私だけだろうか。「異常な人間」が「異常な犯罪」を起こす、という、それはそれで仕方が無いとも言える状況よりも、「正常な人間」が「異常な犯罪」を起こすに至る社会の方が。
橋本さんになってほしかったのに(笑)
何が小泉でまずいかって、参院選で惨敗必至とみられていた自民党が、小泉首相なら真紀子氏との二枚看板で少なくとも大勝、下手すると地滑り的圧勝になる。
小泉は亀の票をもらうためか知らないけど「靖国公式参拝」なんて言ってるし。
あ〜あ
「やぎの目」にあるときアクセスが集中し過ぎて、表示のさいに実行していたプロセスのせいで強制遮断されたらしい。いきなり「Access Prohibited」とかになったのでどうしたのだろうと思った。
超人気の個人サイトが配下に存在していても、それにアクセスが集中して不都合が起こったら、単に迷惑だという対応をして結果的に追い出すことになってしまうというのは、なんか拙劣な対応なんではないか。>リムネット
リムネット阿呆かいなという印象。「どんなサイトであれ特別扱いしない」ってことか。まともな商売やってるところとは思えない。「やぎの目」をみすみすのがすなんて・・・
やぎの目の「おわびとお知らせ
昨夜の夢はなかなか良かった。ガンジャ(?)でキマる夢。実際にはガンジャなんか(他のクスリも)やったことないのだが、夢の中での気分の高揚はなんかいかにもクスリっぽかった。でも高揚するってことはガンジャじゃないのかな。
なんでこんな夢を見たのかあとから考えるに、伊藤某という俳優がマジックマッシュルームを食べて暴れ、入院という記事を読んだからのようだ。わかりやすすぎる。
金曜日の夜、赤坂の繁華街のど真ん中の公園で安田支援の会の花見が行われました。
その場で某M合同法律事務所の事務員Tさんが「くさや」を焼きました。わたしは、くさやの臭いというものをはじめて体験したのですが、聞きしにまさるものでした。思わず「おお牧場はみどり」と歌い出したくなりました。
花見に中途参加した人の話しによると、赤坂駅から地上に出たあたりから異臭が漂い、道行く人の話題を呼んでいたそうです。
同じ公園には他のグループもたくさんいて、「臭い臭い」という声も聞こえてきませんでしたが、抗議や苦情も出ませんでした。臭いといっても自然系の臭みですから、堪え難いというほどではなかったのかもしれませんし、単に私達が近寄りがたかったからかも知れません。
くさやは、日本酒には非常に良くあいました。また、食べてみたいですね。
途中から作家の辺見庸さんも参加されていました。あと、労働争議の弾圧で約1年投獄されていた佐々木通武さんから獄中句集『監獄録句』をいただきました。俳句、いいなあ。
以前、八王子駅の北口で温泉を掘削しているらしいことをお伝えしたが、その後の情報によると、4月に温泉センターみたいなものが開館するそうです。
地場産業の衰退、大手百貨店の倒産や撤退により地盤沈下の激しい八王子経済の回復に向けた起爆剤として期待が集まっているようである。でも、温泉なんかあまり汲み上げすぎたらほんとに地盤沈下しちゃうよ。
昨年12月のアタマに、事務所に泥棒に入られ、個人の保険証も盗まれるということがあった。
すぐに諸方面への届け出はした。最近は保険証だけではカネを貸さない、とのことなのでまあ大丈夫だろうと思っていたら、10日ぐらい前に突然、身に覚えのない携帯電話の請求書が2通来た。1月後半の半月で合計12万円強。imodeとか使いまくられている。
びっくりしてDoCoMoに事の次第を連絡、いろいろあったがさきほど、契約無効を主張する書面を提出してきた。いちおうこれで一件落着だと思う。「犯人」は1ヶ月間電話をタダ掛けできたということだろう。
この携帯電話の件では多少時間をとられた程度で実害は少なかったとも言えるが、やはり困惑する。いったい保険証1枚で携帯は契約できるのであろうか。確か、本人確認はダブルチェック、つまり公共料金の領収書とか、自分宛に正しい住所で来た郵便物とかが必要だったはず。と思いDoCoMoに聞くと、「保険証にプラスして住民票の提示があったのでそれで確認しました」という。
なんてザルなんだろう。さっき試しに市の出張所で自分の住民票とってきたけど、こんなもの3文判1個あればできてしまう。なんの本人確認にもならないはずだ。
虚偽契約されて被害を受けるのはDoCoMoだから自業自得とも言えるけど、「最近こういうケースがすごく多い」と、担当者が言っていたということは、かなり損金が出ているはず。よっぽど儲けているのだろうな。
世の中にはけっこう意味不明のコトバが飛び交っている。
私はパチンコを知らないのだが、会社の付近にはパチンコ屋がやたら多く、その建物にはりつけてあるポスターに書かれた用語の意味がほとんどわからない。「等価交換」とか、コトバとしての表面的な意味はわかるが、文脈に沿った意味内容を説明するのは不可能である。
今日、「共有台移動」という語を眼にして、しばし考えてしまった。わからん。
「恐竜大移動」というコトバを連想してしまった。ギャオー。
香川県に「うどんツアー」に行ってきました。(あ、これが本来の目的では決してなかったが・・・あくまで)
「蒲生(がもう)」「山越(やまごえ)」「山内」の3店をはしご。計6玉。
いずれも打ち立てだったようでたいへん美味でした。全部合わせても800円以下。
讃岐に移住したくなってきた・・・
『今日の必ず得する一言』という文字どおり役にたつ、ナイスなサイトがあるのだけど、例のインパクに自由参加パビリオンということで参加申請したら、断られたそうです。
別に参加を断ってもいい(「予想通り」だそうだし)のだが、「不備内容」(失礼きわまる言い方だ)が、「リンク、掲示板、チャットが主目的」でコンテンツが充実していない、という理由はフンパン物だ。
これひとつとっても、インパクなるもののどうしようもなさがわかる。別に、インパクには肩入れも批判もしないつもりでいたけど、こういう阿呆な実例が出てきた以上、罵倒せざるを得ぬ。
ま、ほっといてもショボショボになって終わるだろうけど。
官製博覧会インパケのナゾ
いまさっき『全日本同和なんちゃらかんちゃら』の山本とか名乗る男から電話かかってきた。
用件は、なんか企業うんたらの年鑑を発行したので購入してもらいたいと。
価格は上下2巻で10万円だそうです(笑)
アホか。そんなカネないよ、っていって即切りしてやった。
またしつこくかけてくるようならこっちにも考えがあるが。
リバウンドしたみたい。怖くて体重計に乗れない。
昨日、T弁護士に「小柳さん一時痩せたと思ったんだけどぉ・・・」と言われて凹んだ。
カナダの小児科医チームが「くまのプーさん」のキャラクターの精神分析を行い、プーさんなどに「精神障害」がある、と診断したというニュースが話題を呼んでいる。
はちみつに固執したりすることが行為障害とかになるのだろうけれども、この記事ではどこまでまじめにやっている研究なのかがよくわからない。
ちなみにプーさんは honey が綴れなくて hunny になってしまうそうだ。米新大統領ブッシュ氏のおやじのパートナーだった、ダン・クエール氏が potato を potatoe と書いてしまうようなものだ。(クエール氏は NATO を NATOE だと思っていた、というジョークもあるが、potatoe はほんとの話らしい。)
くまプーの翻訳者はそこで、それを表現するのに、「はちみつ」を「はちみち」としたわけだが、世の中には「はちみち」が予想以上に普及しているらしい。
日本語の幼児化を憂慮すべきか?
ロイターの記事
Googleで「はちみち」を検索した結果
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いま93.8kgぐらい。
11月30日、死刑の執行が3名に対して行われた。
この6月に、死刑の執行があるのではないかということで、東京拘置所周辺等での緊急監視行動が行われ、死刑の執行は見送られてきた。
しかし「死刑の執行を毎年とにかく行う」「法務大臣には必ず執行させる」という、法務官僚の身勝手な「論理」が貫徹されたことを、今回の執行はものがたっている。
死刑制度への賛否は確かに分散している。反対よりも現状では維持の意見の方が強い。それはわかっている。
としても、こういう執行のあり方は、あまりにも卑劣であり愚劣だ。
日本の政治の質の低さを示すものだ。
とにかく、いまはこうしたことが行われるたびに抗議の意思を示していくしかない。
暗澹としつつも。
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<死刑執行緊急抗議集会>
あなたも参加して
死刑に反対する声をあげてください。
保岡興治法務大臣は、本日、名古屋拘置所において藤原(旧姓・勝田)清孝、宮脇喬の死刑確定者に対し、また、福岡拘置支所において、大石国勝死刑確定者に対し、死刑を執行しました。
これは、死刑廃止を求める国際的動向に逆行し、一昨年11月6日の国連規約人権擁護委員会の死刑廃止勧告を踏みにじるものであって、およそ許し難いものです。
今回の執行は、その情報を事前に得た死刑廃止議員連盟の所属議員が、松尾邦弘法務事務次官らに直接面会し、同人らに対し、死刑執行の中止を申し入れているさなかに、これをあえて無視して強行したものです。
さらに今回の執行は、本年6月9日に死刑執行ができなかったこと、内閣改造が直前に迫っており、このままでは、死刑執行をしないまま法務大臣が交代してしまうことになることをふまえて、死刑執行ゼロの年を作らないために、また死刑執行をしない法務大臣をつくらないために、あえて行われたものであって、極めて恣意的にして政治的なものです。
1993年に執行が再開されて以来、8年の間に39人が執行されましたが、再開前の8年間には、10人の執行であり、実に4倍もの大量執行となっています。しかも、93年の執行時には、死刑確定から執行までの期間は12〜13年であったものが、執行のたびごとに短くなり、今回はそれぞれ6年10ヶ月、6年8ヶ月、5年7ヶ月と、ほぼ2分の1にまで短縮されており、死刑をめぐる法務当局の対応は、暴走というほかありません。
私たちは、今回の執行に強く抗議するとともに、内閣総理大臣、法務大臣及び法務当局者に対し、直ちに死刑執行を停止し、死刑確定者の権利及び処遇を抜本的に改善し、死刑をめぐる情報を公開し、さらに死刑廃止に向けた国民的世論の形成に向けて努力することを求めます。
日時:2000年12月2日(土)午後5時45分開場 6時スタート
場所:明治大学会館5階第二会議室(「刑事博物館」のある建物)
JR・地下鉄丸の内線「お茶の水駅」下車徒歩5分
主催:死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90
連絡先:港合同法律事務所 tel:03-3585-2331 fax:03-3585-2330
同姓同名さんをみつけました。
新小岩の商店会(大黒通り商栄会)の会長さん
日債銀の調査役さん
いやー、Googleはすぐれもんだなあ。エロサイトに先を越されて悔しがっている?類似某検索エンジンとはえらい違い。
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いま94.4kgぐらいです
謄本をとりに法務局に行ったら、なんか建物の様子がおかしい。閑散として、うらぶれている。はり紙とかが貼ってあるようなので、法務局が差し押さえ食ったのか、と思ってよく見たら、「移転した」と書いてあった。三ヶ月前に移転したらしい。
移転先は、なんと南大沢(多摩ニュータウン)。同じ八王子市内でも、えらく遠い。
もともとの法務局の場所は、市役所の至近で、法務局でとった謄本を持って市役所に行く、というのが簡単であった。しかし、南大沢ではどうしようもない。
でも、私なんぞは年に何回も行くわけではないからたいしたことはないのだが、関係者は大変だっただろうな、と思う。とくに司法書士。市内の司法書士事務所のほとんどは旧法務局庁舎の周辺にある。まさか本体が移転するとは思ってもみなかったことだろう。
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現状報告。95.4Kg。体調がなんとなくよくなってきたような。
ほんとは、今日(10月1日)以降に回収という決まりだそうですが、うちのほうは、25日ぐらいに配って、「郵便受けに突っ込んでおいてください」というメモが残されているだけでした。だから、どんな人が調査員やっているのかさっぱりわかりません。
今回、調査票に封入用のシールがついていましたが、なんかすぐ剥がれそうなもので、いかにも渋々つけたという感じですね。
人口のセンサスをやるという大目的じたいは、別に文句ないのですが、実際の調査項目は細かすぎ。氏名・電話番号を書かせたうえ、勤務先の名前まで書かせるというのはどんなものでしょうか。
「国勢調査がわかる」というホームページの掲示板を見ると、ほんとにこの調査を不満に思っている人が多いことがわかります。調査項目もそうですが、調査の仕方も。目の前で封入シールを当たり前のように破く調査員がいるというのにもびっくり。こんな実態では、いくら政府が「啓蒙」しても、不信は強まるばかりでしょう。
私も納得行かないので、調査票をそのままお返しいたしましたが。
「樹花舎」(きのはなしゃ)社長の花村さんと食事する機会がありました。この出版社のことをいままで知らなかったのは恥ずかしい。ページを見ていただければわかるが、強い志をいだきながらも、一方で余裕を忘れていない、洒落っ気のあるラインナップだと思う。(生意気な言い方で恐縮ですが。)ホームページの充実にいろいろ協力させていただくことを約束。
やはり出版だけでは糊口をしのぐのは難しいらしく、アルバイトで雑誌編集や、別の版元の本の編集などをなさっているとのことで、そちらの方はかなり好調とのこと、「これで出版さえしなければ食っていけるのだが」と真面目に冗談を言われるのでなんともいえなかった(^^;
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経過報告。現在、97.0Kg。期待よりペースが遅いが、いちおう順調!?
たまに自分の名前で検索をかけたりすると思いがけないことがわかって驚くことがある。
崎山伸夫さんのリンクページから「私の尊敬する人々の日記・エッセイ」というタイトルでこの「つぶやき」がリンクされているのを発見。崎山さんのようなお人に「尊敬」されるとは非常に光栄だが、なんとも面映い。非常に不出来なものしか晒していないのに。
また、このページにも私についての記載があるのだけど、なんか歴史上のエラい人?になったみたいで不思議。
関係ないけど前回の体重話がインパクトがあったようで何人かの知人友人に、「驚いた、100Kgもあったとは」「その後どうですか」などと言われる。「自分のが重かったのがショック」という反応まであった(笑)。
まあ、実物を知っている人の反応はなんとなくわかるが、もしここの日記(になってない)でしか私を知らない人がいたとすると、部分的に伝わっていく私のプロファイルから、その人の想像内での私のイメージが徐々に変化していくのかなと思うと少し楽しい。だいたいあまりプロファイル情報書いてないから、年令を言っただけで驚かれることすらある。なんか、実物より年寄りにとられることが多い。ちなみに、私の年令は35歳です。
と表題のようなことを書くと私の知り合いは鼻で笑うだろう。
しかし、今回は本格的なのだ。痩せたいというより、健康診断でいわゆる成人病の徴候が明確になってしまったのだ。高血圧と肝機能の低下。数カ月前に献血しようとして拒否されたときも同じことを言われたのだが、「とりあえず痩せなさい」と。
そういうことで約3週間、自分なりに考えて食事療法を実行。とりあえず、主食と塩分と酒量を控えめにし、間食をいっさいしない、ということではじめ、最近はいろんなホームページを参考に「食品交換」といった概念を学習し、カロリー計算をおおまかながら行うようになった。いまはカロリーの不明な食品は摂取しないほどである。
私の現体重からすると、基礎代謝量を満たすまで食べてしまうといまや食い過ぎといった感じになるだろう。いまだに、定食屋で御飯を半分残すというのは、道義的?に抵抗があるけれども、食欲の点では耐えられることとなった。どうせちょっとは酒を飲まないとストレスがたまるので、魚とか餃子、豆腐などの比較的低カロリーかつ栄養のある食品を肴にして、1杯だけチューハイを飲む(焼酎のカロリーは比較的低い。確か60ml程度で1単位=ご飯半分相当)というわざも使うようになった。これなら食堂で米の飯を食べなくて済む。
もう始めて3週間たったので、ダイエットしてることを公開してもいいだろう。
ちなみに体重の変化は、(7月11日)102.5kg→(8月6日)98.2kg。
この数字を見て、あまりのデブぶりにびっくりした人もおられるかもしれないが。
3週間で4kgはちょっと急激すぎるかとも思うけれども、もとが多いからまあ順当なところではないか。献血時の医者など、3ヶ月で20kg痩せろとか言っていたし。
自戒のため、今後も折りに触れ状況報告していく所存です。
社長日記/社長のつぶやきとも御縁の深い、EIN(新聞に教育を)主宰のびし氏が、これも私の旧知であるうどん嬢とこのたびめでたく挙式されました。
なんか、社長日記の読者であったうどんさんが、そこのリンクからEINに行ったのがなれそめということで、ネット社会の不思議を感じます。ということで、本「つぶやき」が独占スクープということになりました。ショックを受けた方手を挙げて〜〜(^^;;
7月8日(土)、台風一過の晴れた土曜日の午後、下町の教会にて。本当に、式典だけの簡素な結婚式でしたが、それがかえってすがすがしい感じのする、印象的な結婚披露でした。
いまごろ、新婚カップルはどこか南の島でいちゃついているはずです。
なんかとんでもないことになっているようですね。
JR当局に「法的責任がない」なんて大会決定をもししてしまったら、いままでの国労の闘いはなんだったかということになるし、それだけでなくとてつもない禍根を残すことになります。
くわしくは、以下のページをごらんください。
久下格さんの「電気玉葱」
ビデオプレス
わたしどもが制作に協力させていただいているインパクト出版会ホームページの深田社長コラムを見たら、いきなり私の名前が出ていたのでびっくり。それにしても深田さんはこんなに毎日酒を飲んでいて大丈夫なのだろうか。この日記を読むと、本来私が伺った日は「休肝日」であってしかるべきだ。どうもなんとなく顔色が悪いような気がしたけれど、やはり相当アルコールに肝臓が蝕まれているのではないか。でもそうは言ってもやっぱり会ったら酒飲まなきゃね。
深田さんのような業種は一種人と会うのが商売そのもののところがあるのだろう。外回りしていればそれなりにこういう日記らしい日記(?)も成り立つのだろうな。それに引き換え、私はよほどのことがない限り業務上の外出というものをしない。一日中ディスプレイの前に向かっていることも多々あるわけで、そういう日々を日記にしたくとも、書いて他人がおもしろがるような出来事はまったく書けそうもない。ときどき、近所のコンビニでのバイトの接客態度等について書きたくなったりすることもあるのだが、ドツボにはまりそうなのでいまのところ避けている。でもそのうち1回ぐらいは書くかも。
試しに、今日の出来事を(あまり説明抜きに)記しておこう。それでも今日はいろいろあった日だ。
朝、携帯電話に起こされる。Eさんより、昨日納品したCD−ROMの会社名が間違っていたとのこと。急いで訂正のCDを焼いたら2枚しかメディアが残っていない。近くの店は開店が11時とか10時半とか、ろくなもんじゃないなコンピュータ屋は。自分のことは棚にあげていうけど。
立川駅まで来てもらってCDを渡す。Eさんそのままとんぼ返り。プレスの予定に間に合えばいいが。立川駅でコーヒー飲んで帰社。
こまごました仕事を片づけていたが午後は比較的ヒマ。バイト君に渡すために事務所の鍵のコピーを北口のミスターミニットまで作りにいく。休憩時間の直前なのにいやな顔一つせずに作ってくれる。
帰って来たらCD-ROM添付取り説の再校がFAXで来る。ひととおり目を通して修正箇所が直っているのを確認後、スクリーンショットを取り直す。
近くの喫茶店で夕食。チ−ズハンバ−グ定食。
ほかにも今日しようと思っていた仕事がいくつかあるのだが、やる気起こらず日付変更線越え。ムツゴロウさんがライオンに指を噛み切られたとの asahi.com 報道にはみんな笑った。あ、そういえば高尾山のビアホールもう開業してたな、そろそろ行かなければ、とか思ったりした。台湾に取材旅行中の坂本さんが帰ってきたらみんなで行こう。
・・・やっぱり面白くない。比較的いろいろある日でこれだからしょうがない。
朝日新聞によれば、こんどの総選挙は予想に反して自民党が単独で安定多数をうかがう勢いだそうだ。ほんまかいな、と思うけれども、だいたい小選挙区制度が基本なのだから普通に考えればそれはそうなるだろう。今回は公明党支持層が組織的に自民党に入れることになるし、結構小差で決まることの多い選挙区では、軒並み自民が当選という想定も不自然ではない。
けっきょく、このどうしようもない情勢をくつがえすには、いまの自公保体制なんかいやだ、という人が投票で野党に1票を投じるしかない。どうしようもないほど単純なことだ。
今回は、棄権する人は少ないことと思うが、今回ほど判断しやすい選挙も珍しいのだから、必ず投票しましょう。
小選挙区は、当選の可能性のある野党候補へ、比例代表は、任意の野党へ!
勝ち誇るシンキロウの顔なんぞ、見たくない!
死刑廃止を求める市民団体『フォーラム90』は、明日6月9日にも死刑の執行がある恐れが極めて大きいという判断から、早朝より東京拘置所前にて、監視と死刑執行を許さない集会を行います。死刑執行が行われる際には、拘置所正門に検察庁の車が入る等の動きが予想されるので、監視行動として拘置所周辺のビデオライブ中継をするという試みを企画しています。市民団体の行動が、生中継でインターネットに流れるのはおそらく本邦初のことでしょう。御興味のある方は、明日朝、以下のURLにアクセスしてみてください(RealPlayerが必要です)。
以下、ビデオ班の今井さんの文章。
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すでにいくつかのメーリングリストには流しましたが、死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90などの死刑制度に反対する市民団体は、6月9日に死刑の執行が行われる可能性が高いと考え、同日朝から、執行の可能性のある全国4箇所の拘置所(東京、名古屋、大阪、福岡)で、市民による死刑執行の監視体制をとりつつ、執行の阻止と死刑執行の密行性、恣意性を許さない行動を行います。
東京拘置所では、隣接する小菅万葉公園で午前8時から集会を行います。(7時ごろから公園に集まっています。)
これと平行して、インターネットによるライブ放送によって、死刑執行を市民の監視下におく試みが実施されます。
6月9日朝7時半前後から、10時すぎくらいまでの間、東京拘置所の周囲や近辺で、死刑執行指揮書をもった執行立会検事の車の入構その他の状況をモニターし、それをリアルタイムにインターネット放送する試みです。
ライブは
http://www.jca.apc.org/cpr/haishi/
からのリンクで見ることができるように設定予定です。
放送は9日朝からですが、当日までに、上記URLへのリンクをできるだけ多くの場所から貼っていただけますよう、お願いいたします。
なお、6月9日の執行の危険性等については、監獄人権センターホームページ
http://www.jca.apc.org/cpr
をご覧下さい。
森首相の「国体」発言。これは「神の国」発言とは違っておそらくコントロールされた(=野中公認の)発言だろうと思う。それにしても「三国人」「神の国」に続き「国体」とは、どんどん死語がほじくり出されてくるものだ。
マスコミが問題にするのは当然のことだが、それに対して「共産党にひいきするマスコミ」というようなデマ反撃を自民党が一丸となってしてくるのはミエミエ。そういう意味で神の国より悪質な発言かもしれない。
それにしても、まさか森は「国体」の意味を問われて「国の体制の略だ」と逃げやしないだろうな。それとも共産党政権になったら、国民体育大会が廃止されるってか?
6月9日、『天幕の彼方』なるライブがあります。出演は、遠藤ミチロウ、友部正人、たま、シバ。私は残念ながら行けそうもありませんが、ぜひ、リンク先にアクセスしてみてください。
ひょんなことから近所になかなか良い食堂があるのを見つけた。雑居ビルの地下1階だが、広々として、いつもにぎわっている。八王子という土地柄もあるのだろうが、客の9割は大学生か専門学校生のようだ。いつも、時間をずらして行っているが、それでも前払いのレジには列ができている。きっと昼休みや夕方はすごい混雑だろう。
店の名は大戸屋という。あるアンケートでは、渋谷で若者が良く行く店のベスト3にランクインしているとのこと。まったく知らなかったが、そのうち大評判になるのではないか。
なんといっても、この店は価が安い。「ランチ」は御飯と味噌汁がついて580円だが、質・量ともに満足できるレベルに達している。メニューは非常に豊富で、1ヶ月間違うメニューで毎日通うことも可能だろう。
私がとくに気にいっているのは、50円プラスでエスプレッソコーヒーがサーバから飲み放題になる(といっても、食前食後に1杯ずつ飲めば十分だが)。
納豆や冷ややっこなどのサイドメニューも安くてうまい。
この店は、私が大衆的な食堂に求める条件(安価で、それなりの質が確保されていて、飽きにくく、気安いこと)をほぼ満たしているといってよい。徹底的に日常性=「ケ」を追求した店である。こういう店は、チェ−ン展開にもっとも向いていると思う。短期間のうちに首都圏に40店以上も展開しえたのは、やはり潜在的な需要をヒットしたからだろう。
ちなみに今夜のメニューは、「まぐろ竜田あげ定食」+冷ややっこ+コーヒーで840円(税込み)。筍と若布の炊き合わせの小鉢と、お新香がついている。味噌汁(いつも、油揚げとサヤインゲン)に若布を入れてみたらうまかった。
ガイドライン法を成立させて戦争体制を確立、いっぽうで盗聴法を成立させて民衆の通信の自由をこっぱみじんにし、国旗国歌法を成立させて思想良心の自由をふみにじり、特定の宗教勢力を政権に引き入れて国会を空洞化させ、「第二破防法」をでっちあげ、国民総背番号制への道をひらき、赤字国債をバシバシ発行して「世界の借金王」を名乗り傲然とし、金融機関に惜し気もなく公金を注ぎ込むいっぽうで福祉は大幅に切り捨て、失業率を過去最高に押し上げ、一族郎党はドコモ株で大儲け、次世代にとりかえしのつかない多大なるツケを残しながらも、「お涙頂戴」に弱い大甘国民にみとられつつ、計ったような日時に逝った前宰相。本人に表面的「イデオロギー」がなかっただけに、その純粋な反動性は度し難かった。しかし確かにキャラの立たせ方は天才的だと認めざるを得ない。「死してなお」である。「優しい日本人」たちの「癒されたがり」をくすぐるのか。みんな、優しい物語と、甘いデッドエンドが大好きだ。
本当にどうしようもない。「日本人」。オブチ君がその代表だった。
渋谷のOL殺人事件裁判で、一審無罪となったネパール人被告に対し、東京高裁はついに職権による「勾留」決定を下した。
被告は、別件の出入国管理法違反事件で執行猶予つき有罪が確定し、速やかに国外退去=帰国にするべきところ、入管による時間稼ぎにあい、結局高裁の勾留決定が出るまで、足留めさせられた。司法・検察権力と入管の汚い「連繋プレー」による不当決定である。
東京高裁というところが、いかに反人権的な非人間的性格を持ったところであるか、身をもって知らしめる一件であった。
東京高裁は、この不当決定を直ちに撤回し、ゴビンダ・プラサド・マイナリさんをただちに釈放せよ!
NECの社内のパソコンから社外のサイトを見ようとすると、社内の中継サーバでフィルタリングされて、「社外アクセス制限を実施しております。社外アクセスを指定したサイト・URL は業務に関係ないサイトと思われます。当制限により業務に支障がある場合、アクセス解除の申請をしてください。」というメッセージが出るのだそうです。
まあ、ネットサーフィンによる労働時間の空費を深刻視する会社の気持ちもわかるが、たいていの人は、一服するのと同じ感覚で外のサイトを見にいっているのかもしれないし、そういう徒然なるネット散歩から有益な情報が入ってくることだって当然多いわけで。「業務に関係ないサイト」かどうかなんてアクセスしてみなきゃわからないでしょうに。
会社を大きくしていくのも結構だけど、まちがってもこういう息のつまる状況は避けたいものだ。くわばらくわばら
は〜、でっかい会社じゃ働きたくないもんだね。
石原慎太郎の「三国人」発言が物議をかもしている。それにしても、古いコトバをわざわざ使ったものだと思う。訓示の対象になった若い自衛隊員たちにはなんのことやらわからなかっただろう。
私は1965年生まれであるが、「(第)三国人」という用語は日常のいかなる状況でも見聞したことはない。ただひとつの例外が小説であった。昭和30年代に書かれた「中間小説」の中でこのコトバが出てきた。舞台は、終戦直後という設定だったと思う。「第三国人」というコトバは、その小説を読んだと思われる1980年ごろでも、特別な注釈が必要になっていた。そのさらに20年後の現在、そんな完全な「死語」を、石原慎太郎はなぜ敢えて使ったのだろうか。石原慎太郎とその家族の中では、死語ではなかったというのだろうか。
1945年の敗戦により、「大日本帝国」の植民地支配を受けた地域の出身者は、それまでの抑圧された状況から一転して解放された。敗戦国の悲惨な状況の中で、「戦勝国」の人々が、我が物顔な振る舞いをした、という事実はあっただろう。私の父方の祖父は九州の炭坑会社の幹部であった。敗戦するやいなや、祖父は会社に出社することもできず、雨戸を閉めて家族と息をひそめていたという。何よりも、虐待してきた、強制連行による中国人労働者の復讐を恐れたのだ。私の幼いころ、いまは亡き祖母は、その当時の様子をとても恐ろしかった、と話したものだ。解放された中国人による示威行動は激しかったものの、直接危害を受けたわけではない。それなのに、やはり祖母(とおそらく当時の祖父)にとっては、それは「第三国人」による恐怖であった。
それまで抑圧され暴力的支配を受け続けてきた立場の人たちが、抑圧者であった敗戦国民に対し、仕返しのような行動をとったとしたところで、果たして責められるのだろうか。敗戦直後の混乱状況のなかで、当事者能力を喪失した日本人に代わって、当時のヤミ経済のなかで、彼らが「我が物顔」の行動をとったとしても、それは永遠に恨むべきことなのだろうか。それぐらいされても当然のことを、もっと長期間にわたって、日本人はやってきたのではないのか。
しかし、多くの日本国民は、自分達のやってきたことへの認識が余りにもなかった。戦争はあくまでも米英との戦争であり、戦勝国である米英が敗戦国民にそれなりの扱いをするのはやむをえないが、それに“つけこんで”「第三国」であるアジア諸国民がふるまうのは許せない、というのが「第三国人」という侮蔑語の生成した文脈であることは間違いないところであろう。しかし、中国は明らかに戦勝国だし、広い意味では朝鮮もそう言える。「第三国」という言葉は、日本人が背負っている戦争責任と、アジア民衆に対する侵略の責任を、一切没却した場所にしか、成り立ち得ない表現なのである。
「第三国人」という用語には、このような日本人の、恥じるべき無知(無恥)と、その裏側にある怯懦が凝縮している。
3日間も花見酒を飲み続けると(ただしうち1日は雨のため屋内。without花)、かなり疲れますね。あと、尻から冷えてくる。
花的には、地元八王子の富士森公園が素晴らしかった。いけどもいけども花。そして懐かしい感じの屋台の列。
あと、港区内の某公園でやった花見(謎)では、某弁護士の火遊び好きが発覚。某元裁判官の弁護士と2人でおおはしゃぎでした。やっぱり「危険な人」だ、ともっぱらの噂。
・・・って書いたら、宮崎学さんのページには、「もうすでに死亡した」と断定してある。
それにしてもストレートだなあ。
「小渕しんだ」
JNN系列のニュースは、昨日から、医療チームから得た情報として、「小渕総理は臨床的脳死と診断された」という記事を流している。脳死直前の患者にしか行われない「脳低温療法」が実施されて、しかもそれが奏功しなかったということで、「脳死」という表現は誇張とは言えないだろう。いわゆる3大紙は一切「脳死」という表現を(「危篤」という表現すら)使用していないが、何か申し合せでもあるのだろうか。
言うまでもなく、脳死臓器移植が合法化されて以降、「脳死=ヒトの死」ということに、法律上明記されている。つまり、JNNは、実質的に「死亡記事」を流しているということだ。
しかし、現時点では、総理は(JNNも含め)死亡したという認識は社会的にされていない。私はそれがおかしいとは思わない。「脳死=死」という等式を成立させるのは、その方が都合の良い事情がある場合だけだ、ということが再確認されたに過ぎないと思うからだ。
そして、私は総理の「奇跡的」回復を切に祈っている。いちど脳死とされた総理が回復することは、脳死概念のいい加減さを暴露することになるだろうから。しかし、希望は薄い。
総理の「死亡診断時刻」は、間違いなく政局の流れに相関して決まる。総辞職の後、おそくとも首相指名選挙の終了後だろう。
たまたま、検索で見つけたのだが八王子の市街地で温泉掘削の許可申請が出ているらしい。その場所が、なんと私の住んでいる場所から徒歩5分もしない場所、八王子市街の中心部近く(駅北口から300メートル)というのだから、ぶったまげた。
議事録を読むとわかるけれども東京都下はあいかわらず温泉掘削ブームが続いているようで、許可も簡単に出ているようだ。
この計画が完成したら、毎日温泉に浸かるのも夢じゃないかも!?
しかし、地盤沈下は大丈夫なのだろうか。
東京都自然環境保全審議会議事録
芦浜の海、山、池、シジミ、その他の動植物たち、そして芦浜とともに暮らす
人々の生活の場は守られることになった。
ちかごろこんなに嬉しいニュースはない。
北川三重県知事の英断に感謝する。
芦浜原発を阻止するために長い間闘ってこられた人々に心からお祝い申し上げます。
ごぶさたしております。
いきなり、石原慎太郎が銀行への外形標準課税ということを言い出した。銀行業界は猛反発しているようだが、都民の多くは快哉を叫んでいるという。
公的資金導入といった銀行への「特別扱い」に対して、怨嗟の感情から反銀行意識を持っている人は多いだろう。私だってそうだ。しかし、今回の石原の動きはどうにも怪しい。
自民党は即座に、石原提案を敷衍する形で「全業種での外形標準導入」を打ち出した。政府税調も、石原の「銀行のみに適用」方針に反対しつつ、全業種への導入をこの機会に訴えようとしている。
企業に対する課税は基本的には同一基準であるべきだというのはそれなりに筋が通っているだろうから、「銀行に導入するなら全業種へ」というロジックは自然である。外形標準課税の導入は、当然のことながら大企業の反発も、中小企業の反発も多く、財界の政治部=自民党にはやりたくともできなかった。しかし、石原を先鋒隊として、マスコミを使って「世論」を味方につければ、という戦術ができていたのだろう。これは、ディーゼル車規制とは違って、石原の思い付きによる独走とは思えない。
確かに赤字決算なら法人税を払う必要のない現行システムには、実際には儲かっているはずなのになぜか黒字を出さない大企業という不公平感をもたらすものがある。しかし、企業の多くは中小企業である赤字会社なのだ。課税率が仮に3%としても、売り上げ高に事実上比例する課税の出費は大打撃になる会社が多いだろう。
景気にも深刻な影響が与えられる可能性がある。外形標準では、「控除」対象となる経費というものの意味がなくなるから、主に利益圧縮のための企業による消費は確実に減る。広告宣伝費、接待費などは激減するだろうし、設備投資意欲も減少する。また、給与も圧縮され、会社が儲かっていようがいまいが、賃上げが抑制される。外形標準はサラリーマンには関係ない、などということはない。
また、売り上げ数字が増えると税額が上がるので、薄利多売式の商売がしづらくなる。売り上げを上げようという意欲が抑制される。
一方で、知識集約型で高付加価値の一部業種にとっては朗報かもしれない。しかし、そのような業種は極めて限られているし、その恩恵に浴する労働者人口も絶対的に少ないだろう。
このようにデメリットばかりが見つかる課税方式を、政府自民党が導入したがっているのは、ひたすらラクに税金をとる方法、意のままに税収をあげる方法を手にいれたいからとしかいいようがない。また、これは事実上消費税値上げと同じ効果を持つとも言えるが、消費税を上げるための「説得」がめんどうくさいし選挙にも差し支えるからしたくない、という、愚民的対応によるものにほかならない。
しかし、こんな税制になったら、税理士の企業との顧問契約などはほとんど打ち切られるだろう。税理士さんたち、いまこそ立ち上がって政府自民党の無謀な目論見に反対すべきでは?
それにしても、都議会は自民党から共産党までトロイの木馬の石原に引きずられて、どうしようもない。「革命」というのは、駅売店に踊っていた『夕刊フジ』の見出しである。
最近、多忙を極めてごぶさたでした。2月になると多少緩和する予定ではあります。ひきつづきごひいきにねがいます。
この毎土曜日2回ほど、近所の「居酒屋」に通っています。今後も通うんじゃないかな。この店、値は高いけどすばらしい店です。とにかく質が高い。酒にしろ食材にしろ、主人が厳選したものだけを揃え、孤高を貫く風情、しかしそんなことはおくびにも出さないような気風、ひまなときは、ヒゲのマスターと若い衆のふたりで「あやとり」して時間をつぶしてるそうな。
今夜、行ったらとてもいい音楽がかかっていた。古〜いようでそうでもない、ジャケットを見たらソウルフラワーユニオンの新譜。マスター、若い衆そろって昨年ぐらいから大ファンだそうです。客はこのとき私だけ、しばらくはソウルフラワー談義に花。
こういう店、八王子には珍しいかも。
府中在住のまりこさんの誕生パーティの招待をいただいたので、行ってきました。
まりこさんの連れ合いのNOMさんが、パソ通での知り合いで、オフ会やらによくNOMさんと一緒に来ていたので、お知り合いになれたのですが、まりこさんのことは、1982年に出版された著書『マリコいろにそまれ』で以前から知ってはいました。
この本は、読む人の固定観念を吹き飛ばしてくれたすごい本なんですが、執筆当時と状況がだいぶん変わってしまったこともあり、版元の千書房さんも残念ながら「絶版」にせざるをえなかったようです。
パーティは府中にあるまりこさん宅で行われたのだけど、まりこさん、振り袖から途中でウェディングドレスにお色直しなど、大サービスでした。本当に幸せそうで、こちらもほのぼのとしてしまいました。
NOMさんとは、来年結婚式を京都であげるそうです。おめでとう。
さて、まりこさんのホームページというものがあります。NOMさんの全面協力で非常に整ったページですが、まだ始まったばかりで来訪者数が少ないようなので、みなさん行ってあげてください。まりこさんが京都で撮ったコスプレ?写真が拝めます。あと、「マリコいろにそまれ」のオンライン化作業が行われており、現在最初の部分が読めます。
ここです。
いっぱい
やっぱり、はっきり、くっきり、もっきり。
ヤッパシ。ハッキシ。クッキシ。モッキシ。
ちゃんとリンクされるか
2000年問題での大トラブルは(私の予想通り)ないようだけど、つまんないトラブルがい?ぱい、仕事始めぐらいまでにぞろぞろ出そろうだろうと思います。
駐車場からクルマが出せなくなった、とか。
インデックスの更新日時が反映するようになりました。
これでFTPが使えなくても更新可能です。
「第2破防法」の異名をとる団体規制法が昨日施行されたそうだ。ただでさえ年末のあわただしいときというのに、この日程が決まったのは、例の上祐氏が29日に満期出所してくるかららしい。1個人のスケジュールによっていやしくも法律の施行期日が左右されるという事態は、なんか情けなくはないだろうか。
団体規制という、破防法成立以来40数年間できなかったことが、大した抵抗もなくあっさりとされてしまう状況は、もはや異常というほかない。
土曜日に、「多田謡子反権力人権賞」の授賞式がありました。選考経過をみると、思ったよりも推薦された受賞候補者は多数でした。その中で、10ヶ月にわたって勾留を受けた安田弁護士を選んだ選考委員会の英断には敬意を表したいと思います。
安田さん以外の受賞者は、英国で再処理工場への反対運動を継続している住民団体COREと、大宮市で経営破綻した量販店の労組自主管理を行っている「カメラのニシダ」でした。セラフィールド再処理工場が撒き散らしている猛毒のものすごさも、フツーの従業員が会社の破綻に直面して労働組合に集まって、しなやかな闘いを繰り広げているニシダのこともこの授賞式で初めて知りました。3者3様で、まったく分野はそれぞれ違うのですが、どの受賞者の取り組みも、いま、この時代と深く関わっているなあと思いました。
この授賞式では、永年のネット交流にもかかわらず一度もお目にかかったことのなかった、国労の久下格さんに初めて御会いできました。(ハンドルネームの「たまねぎ」さんの方がピンと来ますが。)久下さんはこの賞とは特別な縁故者と言えるでしょう、なにしろ多田弁護士の晩年の恋人だったのですから。(そのあたりの事情については、こちらで販売している久下さんの小説『謡子追想』をぜひお買い求めください。宣伝でした。)
その他にも、高木仁三郎さんのお元気な姿を拝見できたのもうれしいことでした。お元気といえば、パーティーで乾杯の音頭をとられた多田さんの父君の多田道太郎氏。久しぶりに著作を読んでみたくなりました。
本日、2名に死刑が執行された。うち1名については、15日に人身保護請求が東京地裁に提出され、私も請求人のひとりであった。16日には請求人代理人と東京地裁との面接が行われ、17日までに、拘束人である東京拘置所長に対して意見書を提出するよう東京地裁が申し入れていたとのことだったので、その手続の流れを断ち切る形で、今回の執行がなされたことになる。請求人として残念極まりない。また、アムネスティ・インターナショナルなどが指摘するように、日本の現在の死刑制度と死刑執行の実情は、死刑に直面するものの権利を保障した国際法に明白に違反する。国内法的にも適正手続違反の違法性が明白な処刑である。強く抗議する。
また、再審請求中であったもう1名への執行も看過しがたい。法務省は、これまで自らに課してきた抑制を自らかなぐり捨てたことになる。
法務省はこれまでにも、死刑制度についての恣意的なアンケート調査なるものをたびたび行い、その結果(「高率で死刑制度に支持」)を発表するとすぐに処刑を行う、といったことをくり返している。今回は、高裁無期判決への検事上告に対する最高裁の「無期破棄」という判決も、今回の死刑執行のきっかけになったとされる。
死刑廃止は明らかな世界的潮流であるのに、日本はいつまで背を向け続けるのであろうか。
いわゆる商工ローンの、債務者(保証人)に対する厳しい取り立てが問題となっているが、「腎臓を売れ、300万にはなる」「目玉を売れ」といった脅迫的な督促電話の内容が衝撃的なニュースとして伝えられた。
このニュースは、貸金業者の取り立て方法の厳しさ、悪辣さを伝えるものであったのだろうが、「腎臓や目玉」といった臓器の生体からの摘出による対価が、債務の清算手段とされていることをどう評価するのかが報道では伝わってこない。なんか、単なる強面の脅し文句にすぎない、実際に臓器を摘出して換金するなどあるとは思えない、という前提が置かれているようにも感じられる。しかし、私は想像するのだが、「2つある腎臓の1つを『売れ』ば、300万円になるのだったら、自分だってその方法をいざとなれば使うかもしれないな」と、ニュースを読んでちらっとでも考えた中小経営者は、かなりの数に上るのではないか。
最近読んだ『悪人志願』(本橋信宏著・メディアファクトリー)という本に、杉山治夫という人物へのインタビューが出てくる。この人の職業は「サラ金取り立て人」であるが、同時に「臓器密売ブローカー」でもある。実際にこのような裏ビジネスが成功しているとすれば、債務者の臓器を抉り出すということは単なる脅し文句でなく、現実味が相当あるように思える。
同書によれば、腎臓提供者への報酬は500万円から1000万円ぐらいのようだ。もちろん、「相場」には変動があるだろうけれども、日榮が呈示した「300万円」という額は安すぎないだろうか。もしかして差額はピンハネされてしまうのではないか。ともあれ、日榮のような業者が臓器ブラックマーケットと相当の繋がりがあるのではないかというのは合理的な疑念だと思う。建て前では赤の他人同士の生体腎臓移植や眼球移植などはあり得ないことだろうが、それが行われているとすれば、「商工ローン問題」とは別に、もうひとつの大問題となるであろう。マスコミ等がその方向での追及を始めることを提案する。
以前から使っていたカシオQV-10Aが壊れた。基盤がいかれてしまったようなので、修理はあきらめ新しいデジカメを買うべくムラウチへ行ってきた。しかし、やはり新品は高い。最低でも4万円ぐらいする。どうしようかと思っていたら棚ざらし(?)状態のQV-100を発見。おそるおそる値段を聞いてみたところ、12800円だというので即買い。QVシリーズなのでケーブルやソフトは以前のものが使える。
3年前のモデルだし、機能の弱さや難点がいろいろあるのはわかっているが、値段を考えると文句ない。QV-10Aよりは解像度が格段に上がっているし。
さっそく昨日の夕方の集会の様子を写してきました。スピーチする人たちの写真はもうちょっとアップでとればよかったと反省。遠くからとったものなので画像が粗い。それでも一番最初の3ショット写真はけっこういいと思う。フォトショップでコントラストカーブを多少補正し、シャープフィルターをかけた程度の修正である。
めでたいことだが、失われた時は取り返しがつかない。
「障害者」解放運動のリーダー的存在のひとりであった猪野千代子さんの訃報に接す。主に交通アクセスをめぐる永年の闘いと、「障害者」解放・差別糾弾にささげた生涯に敬意を表しつつ、心から御冥福をお祈りします。通夜は今夕7時より、告別式は明日早朝7時30分より、北区王子本町の自宅にてとの由。
JCOはウランの違法で危険な取扱いを10年以上も行っていたらしい。そうしてみると、今回の事故は起こるべくして起こった事故ということになるが、その危険性を現場の労働者に知らせずに作業を行わせていたJCOの経営者は、殺人(未遂)罪に問われるべきではないのだろうか、とすら思える。
利潤の追求が違法を生み出し、労働者の生命の危機をもたらした。この事件(事故というと過失と言うか不可抗力的に聞こえる。やはり事件だろう)を引き起こした資本こそ、本質的な犯罪者というべきではないかと思う。
そして、そういう本質を覆い隠したところで私たちが日々の快適さを得ているとすれば、それも犯罪的な行為というほかないのかもしれない。
今こそ東京に原発を集中すべく移転すべきだ。
「甲山事件」の差し戻し控訴審で、都合3度目の無罪判決が出ました。まだ判決理由の言い渡しが続いているようですが、完膚なきまでの被告側勝利といえる内容のようです。
繰り返し指摘されていることだけれど、20年以上も一般刑事事件の裁判が続いているなんて、それだけで人権侵害以外の何ものでもなく、国際的にも恥ずかしいことである。
検察は悪あがきをやめて、当然、上告を断念すべき。
一縷の望みが繋がりました。皆様に感謝。
河上イチロー氏より、盗聴法無効化リングというものへの参加のお誘いをいただいた。面白そうなので参加してみることにしました。Webリングというのは、東芝問題というので初めて見ましたが、ちょっと面白いWeb部品ですね。
盗聴法の通信傍受が施行されるのは約1年後だと思いますが、そのころまでにはまたインターネットではいろいろあるんだろうなあ。
「社長日記」を下手に更新するといろいろな人をやきもきさせてしまいそうなので、こちらを更新します。日記は、次の具体的な動きがあったときだけ更新。
なんか、先週末ぐらいまでは、「今回、検察は抗告しないらしい」とかいう未確認情報が飛んでいて、今回こそすんなり出られるかと思っていたのだけれど、結局検察は抗告したし、しかも係属部が前回蹴りやがった刑事4部ということで、まだ結果はわからないけどかなりがっかりしています。
それでも、一縷の望みはあると思っているけどね。
仕事が手につかない・・・
事務所のトイレの窓からは、高尾山の山稜がよく見える。宵の口、その方向に妙な光がゆらゆらするのがしばらく前から気になっていた。まるでろうそくが燃えているかのような光が遠くに見える。
屋上に登ってその光の方向をよく見ると、山の頂上近くであることがわかった。あ、これはもしかしたら、ずっと前に新聞記事で見たことがある高尾山の山上ビアガーデンというやつではないか、と気がついた。調べてみたらその通りであった。営業期間が9月15日までということだったので、つい先日社員御一行様で行って来ました。
ケーブルカーに乗って真っ暗な山を登る。頂上駅から少し登った展望台がビアガーデン。入場料は3000円(税別)で2時間、飲み放題食べ放題。「1000万ドルの夜景」(?)の八王子市街を見下ろし、なかなかきれいである。談論風発、社内コミュニケーションも高まって結構なことであった。それにしても今年は秋だというのに暑く、標高五百メートルでもそんなに涼しくない。結局大部分はエアコンの効いたところにいてしまった。
残念ながら今年はもう終わってしまった。6月から営業開始とのこと、それまで待ちましょう。来年の6月ってどうなっているかな。
きょう、3名が死刑執行されたとの情報が入った。おそらく、東京、仙台、福岡で1名ずつと思われるが、現在のところ執行された人の氏名は判明していない。
国家権力による殺人である死刑の執行に強く抗議する。
・・・って、もう復帰後3日目が終わろうとしているんですが(笑)。これをupするころには日付けが変わっているでしょう。
ちょっとだけ休暇の報告を。13日、家で読書。翌日から旅に出ようと思っていたので、時刻表なども買い込む。雨脚だんだん強くなる。
14日、昼起きて駅に行ってみると、高尾以西で電車が止まっている。長野方面に行こうとしていたのに、出ばなをくじかれた。夜になっても運転見合わせはおさまらず。
15日、朝6時にぱっと起きる。駅に行って復旧を確認後、「松本上高地フリーきっぷ」を購入。12200円。7時30分の特急に乗る予定を急きょ変更、6時34分の普通列車松本行きに飛び乗る。これで甲府まで座っていけるという魂胆。
甲府でスーパーあずさに接続。四方津で大雨徐行とかで10分ほど遅れて来た特急はそれほど込んでおらず、小淵沢で座れた。
松本駅で上高地線に乗り換え、新島々で上高地ゆきバスに。フリーきっぷを持っていると乗り継ぎがスムーズスムーズ。しかし相変わらず雨模様。こっちは西側なので低気圧の影響圏外と思っていたが甘かった。
上高地に昼前に着く。はじめて。でも楽しみにしていた穂高連峰はまったく見えず。バスターミナルの旅行案内所で「相部屋」しかないと聞いて、泊まらずに帰ろうと思い、夕方のバスの整理券を取得。
宿泊料金が大幅に浮いた、ということでせめてゼータクなものを食おう、と、河童橋のたもとの五千尺ホテルのレストランで4600円のランチ。ワインは、1400円のミニボトルというのがあったのでそれにする。税込みで6300円。値段なりの味とボリュームで、ようやくひとごごちがついた。それで落ち着いて考えるに、「相部屋」の宿はそんなに悪くないのではないか。ようするにドミトリーだろ、と、直接宿の様子を確かめにいって、よさげなら泊まろうと方針転換。
宿は西糸屋山荘というところで、2段ベッドが4つの8人部屋だという。7400円ということでちょっと高いかと思ったが、2食つきということで泊まることに決めた。今日帰ると穂高が眺められなくてつまらないということもあった。
雨、いっこうにおさまらず。風呂にはいって、ビジターセンターを見物して、飯を食って、お茶飲んで、もうすることなし。ちょっとだけ梓川のほとりを散歩。
梓川は神秘的なほど綺麗な河だった。河原の石が白くって、増水して迸る奔流は冷え冷えと透明で、ちょっと三途の川を連想させるものがあった。今回の天気がいっそうその印象を強くしたのかもしれない。大きな鴨が何羽も浮かんで、暇を持て余した旅客たちの遊び相手になっていた。
翌朝、雨さらに強し(泣)。運が悪かったとあきらめるしかない。それでもバスを待つ間、田代池まで足をのばしてみた。田代池はたいへん風情のある池だった。たぶん大正池よりいいのではないか。
松本に戻り、気分を入れ替えて「そば処こばやし」駅前店に臨む。こうなったらヤケグルメである。ざると馬刺し。あわせて2200円ぐらいだったか。値段なりにうまいと思った。
バスターミナルから、浅間温泉へ。こうなったらヤケ温泉ギャルと化してやる。片道350円で浅間温泉。「浅間温泉会館」というのがあるようで、これは外湯だろうと見当をつけていった。まさか展示だけする施設などではあるまい。
読みは的中(当たり前だが)、浅間温泉会館は、銭湯に毛の生えたような施設だった。銭湯だと思えば、とても立派だ。840円だから「八王子温泉」の半分ぐらいだ。お湯はすばらしい。露天風呂に入ったら空は晴々とし、実に気持ちがよかった。いちど出て、しばらく休んで再度入った。全般的に湯は熱い。サウナに至っては95度だった。でものぼせるぐらい入っていた。
温泉を出て松本中心部に戻り、ガイドブックでおすすめのカレー屋に行く。チキンカレー中辛口、アイスコーヒーとセットにして1000円。でも、残念ながらたいしたことなかった。カレーだったら私の方がうまいもの作れそうだ。
夕方にさしかかってきたが、松本城に行ってみた。りっぱな城なのだろうが、思ったよりたいしたことなかった。フランスのお城のほうがよっぽどすごい。そういう考え方は間違っているのかな。絵描き兼四柱推命家のおじさんと交流。38歳で仕事上の転機が訪れるとの御託宣であった。
そろそろ帰ろうということで、駅のそばのそば屋で1000円のほろ酔いセットをとって時間をつぶす。セットのビールは、瓶でも中生でも大生でもいいという。松本ってなんておおらかな街なんだろうと思った。もちろん大生。ジョッキの中の小さな水平線を眺めている至福。
松本始発の特急に乗ってあとはさっさと帰って来ました。これが私の夏休みでした。穂高が望めなかったのが残念至極だけれど、なんか充実感はあった。かかった費用は、この叙述からだいたい算出していただけると思う。
住民基本台帳法「改正」も成立してしまいました。私は10桁番号などになりたくない。
ところで、一応明日より4日間、完全にオフということにします。メールも読まないかも知れません(結局読むかもしれませんが)。しばしさようなら。
たったいま、我々ネットワーカーが強く反対してきた、捜査権力による恣意的な盗聴を含む、組織犯罪対策3法案が、無念にも参議院本会議で可決・成立した。
この法案は、審議の過程で、「犯罪捜査のための盗聴」に関して、さまざまな不備が次々に露呈された。そして、盗聴部分のみならず、法案全体が基本的人権の侵害のおそれがあまりに強いものであることもきびしく指摘されている。各種世論調査によっても、非常に多くの人々が根拠のある危惧を抱き、反対していることは明白だ。
このような欠陥の多すぎる、危険きわまりない、そのうえ世論の反対も強い法律を、道理ある懐疑の声を無視し、委員会での採決のねつ造、本会議での質問時間の制限の強行、投票時間の制限など、議会における基本的な諸ルールを無視して強行成立させたことは、議会制民主主義の根底からの破壊行為にほかならず、小渕内閣の重大な失政である。断固、糾弾する。
また、このような反動法案の成立を現実のものとするきっかけとなった、公明党指導部の変節と敵対に対しても、明確に弾劾しておかなければならない。
ここに、政府・「自自公」反動勢力、および法案の作成とその成立のために暗躍したすべての法務・治安官僚に対して強く抗議するとともに、盗聴法の施行までの間に、この法律への抵抗を実効あらしめるために、すべての仲間が協力して対抗のための知恵を出し合うことを提案したい。また、数の暴力にまかせて次々と危険な法律を乱造する、極めて反動的な性格を持った「自自公」野合の小渕政権を打倒するために、すべての仲間、とりわけネットワーカーの仲間が一致団結して立ち上がることを呼び掛ける。
1999年8月12日
つぶやき社長 こと 小柳 次郎
参議院の会の水野誠一議員が「反対討論」を行った。討論すべて終了。これから記名投票で組対3法一括採決。
いま、激しく汚らしい与党議員のヤジの中、福島瑞穂議員の反対討論が終わりました。敵も本当の敵は見分けられるみたいですね。
橋本敦議員(共産)による整然たる反対討論の後、福島瑞穂さんによる反対討論がいま始まりました。がんばれ。
いま、与党による賛成討論中です。この後、反対討論が2本あるとして、討論終了は12時30分ごろか。
小川議員(民主)による反対討論がはじまりました。
95-139 否決されました。
「速やかに投票してください」と促すのはまだいいとして、「右、左、右、左」(歩けということ)とか、まさに野党議員を挑発するような「不規則発言」がしっかりマイクに拾われています。あとで問題にして議長をクビにしてやりたいものです。
法案を法務委員会に戻せという動議の採決中。
それにしても、この議長の斉藤という男、ただの制限時間マシーンと化している。いいとしして、恥ずかしくないのだろうか。「立法府の長」だとか恥ずかしくてとても名乗れないだろうと思う。
> どうも、組対法をこれから採決するという意味らしい動議が出た。これについて記名投票に入ろうとしています。
上記が確認されました。この投票が終わると(おそらく10時30分頃)、次は組対法の一括採決に入るものと思われる。残念だが、もう事実として、廃案の最後の希望は絶たれた。とりあえず見守ります。
「外にはガイドライン、内には盗聴法」のこれからを、どう生きていくかを考えましょう。
安田さん逮捕にしろ、盗聴法にしろ、さまざまな反動諸攻撃は、私達を傷つけ、消耗させるだけではなく、それに対抗する多くの人々の力を結集させる反作用を持っている。今日ですべてが終わる、わけではない。
朝日新聞今日の朝刊
■ドタバタ国会3連夜
・・・・
午後8時45分 国会裏で「24時間座り込み」を続けている学生らにも、疲労の色が漂ってきた。水揚げされたマグロのように歩道で寝ころぶ姿も。ところが、道路を横切り、ジャーナリストの佐高信氏らが「激励」に駆けつけた途端、全員が突然総立ちに。
「こっちもつらいが、向こうもかなり追いつめられている」(佐高氏)。学生らは拍手とおうむ返しのシュプレヒコールでこたえた。
朝日新聞など、最初から味方とは思ってないが、弱って来たところを叩くなど、人間のやることではないわ。必ずしっぺ返ししてやるから首を洗って待っていろ。
◆
キツネ目ページ・「社民オンナ議員の裏切り」
・・・
そんで、 今日、今となっては昨日、参院の本会議で、福島瑞穂議員(社民)が、なんと10分制限の演説を1時間15分やったんや。それであと5分で、その0時に終わらなければならない、参院本会議のタイムリミットを超えて大混乱になるところであった。
これがおこれば、貴重な時間を野党はゲットできる、はずだったのだ。むろんそんなことをされたら自民党はかなわんから、衛視を呼んで議員を演台からひきずりおろすというようなことになる...はずだった。そんならそれでええがな、とわしはみとったんや。
ところが、なんとここで、「アンタ、下りなさい」と福島議員を、あと5分のところでひきづりおろしたのは、同じ社民党のバアサン議員だった。それがこいつだ。
三重野栄子議員(社民) このババアじゃ。
わしも、これにはまいったわ。
日教組、あの君が代/日の丸に反対しておることになっとる、その日教組の出やで。いかに国怪というところが伏魔殿かようわかるやろ。
これが、おそらく取り返しのつかない貴重な「五分」、嵐のヤジを船首像のようにカッコよく乗り切った円より子議員、何度も何度も議長に止めめられたのを振り切って頑張った福島議員の努力をすべてふいにしたしもたやっちゃ。
福島瑞穂議員の昨日の討論の際の異常なまでの圧力のわけはそういうことだったのか。あの演説はもうすぐ「予定調和」「スケジュール」をぶちこわすところだったのだ。しかし、なんと同僚の社民党議員の手出しによって予定調和は守られてしまった。かえすがえすも残念なことだ。
どうも、組対法をこれから採決するという意味らしい動議が出た。これについて記名投票に入ろうとしています。
いま、参院議長不信任案の投票が締め切られたところのようです。
ちょっと休みます。いま、角田議員が賛成討論をやっています。
まだ野党にはがんばってほしいですが・・・・・・朝7時のニュースのころには、どうなっているかな。
なんと、趣旨説明も10分でやめろということらしい。本岡議員は、とりあえず無視して趣旨説明を続けているが、どうなることやら。
趣旨説明中。さきほどの動議で、討論時間が10分に制限されてしまったのだが、趣旨説明は制限されていないはずなので、何十時間でもがんばってほしい・・・ところだけど、ずいぶん早口だよ。こりゃ。
ちょうど3時に5分前を制限。ただいま「制限の5分が過ぎた」と。誰に言われているのか、忠実に、「1投票1時間」を守っているようですね。
asahi.com によれば、そういうことだそうです。でも、野党の議員の皆さんは、まじめに牛歩しているので、最後までがんばってほしいです。
牛歩が行われています。さきほどの荒木解任決議案は、共産党議員の投票中に投票箱閉鎖が強行され、社民党は投票できなかったそうです。議長の暴挙というほかない。明らかに職権濫用です。
それにしても、重要案件に対する討論時間がひとり10分とは、なんとふざけた動議でしょう。それが出た時点で議場がほとんど紛糾しないというのも困ったものです。
荒木解任案は「否決」。投票できなかった議員多数。
ここで動議。「討論時間をひとり10分にする」。この動議を記名投票で行うと。
投票箱閉鎖を強行宣言。議場開鎖命令。壇上に議員が上がり混乱。「投票の意志あり」と叫ぶものあり。議長、色をなして「あれだけ何回も言ったでしょう」「議長の議事整理権です」「演壇を降りて議席にお戻りください」と。
制限時間だと言っています。投票の意志のある方はただちに投票せよと。しかし勝手に制限時間とかいわれてもねえ。
議長が、「5分後に投票箱を閉鎖する」といいました。
さっきから、「ウフフフ」とか「だめですよぉ」とかヘラヘラ笑っていた議長がだんだんイライラしてきたらしく、「このままですと投票時間を制限せざるを得なくなります」とか、不穏当なことを口走っております。
民主党のようですが、画面を見ているかぎり、随分脚の速い牛です。もうちょっとゆっくりやってもいいんじゃないかと思うんですが。議長なんか余裕で笑ってますよ。
どの党かは不明ですが、牛歩戦術が始まったようです。「速やかに投票願います。速やかに歩いてください」と議長が言っている。
ただいま再開宣言。「荒木解任決議案」を引き続き議題にするとの議長発言あり。 採決。記名投票でやる。議場閉鎖し、現在記名点呼中。
日付けがかわりまして、間もなく参院本会議再開。荒木法務委員長解任決議案は一時棚上げ、首相の問責決議案が先に取り扱われるとのことです。
なお、円議員に下品なセクハラ発言を浴びせたのは、自民党の保坂三蔵議員です。東京選挙区の議員ですね。この男にたいする問責決議案も提出されています。
AMLによれば、現在山崎久隆さんが、さきほどの福島議員の討論終盤にあった同僚議員からの掣肘の件について福島事務所に照会中とのこと。
いずれにせよもうすぐ再開(採決)です。今夜は、国会にかけつけられなかったお詫びも込めて、「国会中継」を続けたいと思います。
福島議員の討論終了。ただちに議長が延会を宣言、1時間後の12日0時10分より会議の再開との通知。
すごい。しかも内容がある。「牛歩戦術ならぬ牛舌戦術」などとマスコミ。なお、野党は既に議運委員長の解任決議案と、首相の問責決議案も提出している。
福島議員に対し、「党の指示に従って(演説を中止して)ください」という、妙なツッコミが入っている。ヤジがきわめて激しくなっている。社民党は「牛舌」を続けるのになぜビビっているのだろうか?
吉川議員、45分で終わってしまった。1時間はやらないとだめだよ。でも、ごくろうさまでした。
次は、社民党・福島瑞穂議員。期待できます。2時間ぐらいやってください。
千葉議員の賛成討論、1時間強。議長の度重なる「注意」にも関わらず、よくがんばった。つぎは共産党の番。がんばれ。
開始後30分すぎぐらいから、議長の終了催促がたびたびなされる。しかし「制限時間があるとは聞いていません」と一蹴、たんたんと討論を続けている。さすがベテラン。がんばれー、引き延ばせ。
議長は「時間の制限はないが、常識の範囲内でやってください」と、非常識にも発言を遮るように催促し続けているが、時間の制限がないならば一度に体力の続く限りできるというのが、それこそ常識ではないだろうか? そういう映画がアメリカにあったでしょ?(後記。「スミス都へ行く」。このときのスミスの演説は連続23時間とか。)それが民主主義の象徴のように言われていたと思う。
おつかれさまでした>円さん。現在、例の「動議」の元凶、自民党鈴木議員による反対討論。これはすぐ終わりそう。
すでに、荒木解任決議案、趣旨説明2時間を超える。さきほどから議長に「そろそろまとめを」との催促がはいっている。それにしても、わかりやすく、かつ非常に内容のある演説。まだまだ続けられそう。
参院本会議。円議員が、荒木法務委員長の解任決議の趣旨説明中、「おまえ離婚しただろう」云々のヤジが飛び、紛糾して休憩。この問題でヤジを飛ばした議員を糾弾中とのこと。休憩は18:35ごろ終わり、本会議はただいま再開。
荒木法務委員長が所属する、名古屋弁護士会に、荒木氏の懲戒請求が出されたとのこと。
共同通信記事より。
========================================================== 民主党の鹿野道彦国対委員長は共産党の穀田恵二国対委員長、社 民党の前島秀行院内総務会長と個別に会談し、内閣不信任案への協 力を要請、両氏は同調を約束した。穀田氏は「牛歩戦術を含め、あ らゆる戦術を講じるべきだ」と提案した。 鹿野氏は会談後、記者団に「政権を目指す政党として牛歩戦術を やるつもりはない」と述べたが、参院民主党内には「牛歩戦術」に よる徹底抗戦を求める強硬論が強まっている。 [1999-08-11-13:25] ==========================================================
民主党は「あらゆる手段を使って盗聴法採決を阻止する」と党首が言っているのだから、牛歩戦術もためらわずに使うべきだ。
13:00すぎ、内閣不信任案を審議する衆院本会議が開催。慣例により、衆参両院のこれ以外のすべての審議はストップ。
民主党は「切り札」を切った。
いまのところまだその効力は見えていない。「自自公」はみせかけの結束を保持しているかのようだ。
野党抜きで行われた議運で、明日、参院本会議の朝10時開催が決まったらしい。
参院での法務委員長解任決議案、首相問責決議案などで、1時間でも1分でも本会議の審議を先延ばしにすること、議事をストップさせること、時間をかせぐことが廃案への道筋となる。
あと3日間である。
News23の国会中継を見た。今夜中の参院開会はなくなった。延会しての徹夜審議ででも採決に持ち込むという与党の当初の意気が阻喪したということである。
TBSの記者たちの分析では、
ということで、法案成立の圧力が明らかに弱まってきたということである。「与党の失敗の原因はどこにあるのか」というような口ぶりに思わずなってきたことが、現在の国会の雰囲気を表しているように思われる。
- 民主党の出方がまだ読めない。「切り札」の内閣不信任案をいつ出すのか。
- 法務委員会での「強行採決」が映像で広く流れ、世論が別れる重要法案の採決としては問題があるという雰囲気で、世論を敵にまわしつつある。
自由党の動向、自公連立の成りゆき、そこで見込まれる「造反」、低下が見えた内閣支持率に見られる世論動向、そして院内外で動く反対派の声がいっこうにおさまらないこと・・・当初、先週中、つぎに9日、ついで10日中、とマスコミも「期待」をこめてきた法案成立がだんだん蜃気楼のように遠ざかっているという事実は、やはりいろんな、それぞれは小さなことの影響がじわじわと集中して出て来た結果だと思う。まだ、「廃案」への道筋全体は見えたとは言えない。しかし、昨日よりは、行く手に薄明がさしている、このことは事実だ。
よくここまで、世論の追い風を受けているとはいえ、国会という狭い場において圧倒的な不利な情勢の中で、法案反対派は闘って来たことかと思う。
あと一息で廃案だ、勝利だ、とは言えない。でも、まだまだ、声を張り上げ続ける意味は十分にある。PS; いま宮崎さんのサイトを見たら、9日の法務委員会で、委員長解任決議を用意してあったのを野党の国対が握りつぶしたと。戦術はいろいろあろうけれども、結果として「採決した」と与党に言わせるような事態をつくり出したことに対して、国対は責任を持つべきだし、そもそも全然説明がないのはおかしい。とくに民主党の国対については、あまりの不透明方針に反対派はみんな苛ついて怒っている。
せっかくの共同の闘いに禍根を残さぬように、ちゃんとしてほしい。
午後10時の時点で、参議院本会議はまだ開会されていない。与野党間の話し合いは当然平行線のままで、参院議長も簡単には職権行使ができない緊迫した状況だ。
しかし、いまから1時間以上も前の午後8時50分に、以下のようなトンデモない記事を配信した新聞社がある。毎日新聞である。
http://www.mainichi.co.jp/news/newsflash/10minutes/news06.html
http://news.yahoo.co.jp/headlines/mai/990810/dom/20440000_maidomc083.html
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■通信傍受法:自自公の議員に制度監視の重い責務=解説 8月10日 20:50 通信傍受法など組織犯罪対策3法は10日、参院審議の過程で浮かび上がった さまざまな問題点を積み残したまま、成立した。参院法務委員会では、与野党議 員の怒号が飛び交う異常な状態の中で自自公が採決に踏み切るなど、議論が尽く されたとはいい難い。自自公は通信傍受制度に対する重い監視の責務を負ったと いえる。==========================================================
「成立した」だと!? いつだ、それは。何やら荘重な口ぶりでエラソなことを書いているが、昨日と同じく予定稿を配ってしまったのだろう。実に間抜けなことこのうえないが、参院の本会議を開かせないよう身体を張って現に闘っている野党議員や、国会前の市民のことを思えば、怒りがこみあげてくる。
クズマスコミはほんとにいっぺん死んだらどうか。毎日新聞なんていらないわ。(また)倒産してまえ。(フレーム? ここは裏ページだし、苦情は辞退します。)
PS.いま、某MLに流れた記事。笑える。(10:24 PM)
毎日新聞の「サイバー編集部」というところに電話したところ、
「すでに 1 時間ほど前に消した」とかいいながら、「これから対応
するのでまた連絡する」ともいわれました。
電話の背後で「YAHOO にも流れてるって」「それはまずい」なんていう
会話もきこえました。
どうなってんの? とおもってたら、また電話がかかってきて
「打ち合わせがうまくいってなくて、消えてなかった」とか。
たしかに、「それはまずい」わな。
9日、18:40、ちょっと遅れて社会文化会館の緊急集会に。約700席の会場は満席。議員や宮崎さん、佐高さんの発言などを受けたあと、8時前から「請願デモ」。日比谷公園まで行ったが、参院法務委員会が緊迫してるとのことで地下鉄で国会議事堂前に戻る。参院の議員面会所に行ってみたら委員会のTV中継。ちょうど、円議員の質問に対し、答えに窮した法務委荒木清寛委員長(公明)がいきなり「鈴木君提出の動議に賛成の方挙手を願います」(参議院提供のリアルオーディオ中継による。私は「動議に」までしか聞こえなかったと思ったが、現在提供されている音声では「挙手願います」まで入っているので、そうなのかなと思ったが、円議員も「動議が(に?)」までしか聞こえなかったという。ということは、参議院が提供している音声は後で編集されたものなのか?)と言ったところで議場大混乱、以降音声はまったく聞き取れず、しばらくして混乱のまま「散会」のテロップが出て中継は終了してしまった。一緒に見ていた人々は事情がまったく把握できず。しばらくして「あれは『採決』だったと委員長が言っている」との報に茫然とする。
どこが採決だ。「動議に賛成の方挙手を願います」以降は混乱していて採決もなにもやっていないではないか。「強行採決」ですらないというのが実情だ。「強行採決」というのは、議事運営が強引ながらもカタチの上では決を採ったということだろう。今日のが「採決」ならば、議会に採決の形式など必要無く、議長や委員長がひとりいてつぶやいてさえいればいいことになってしまう。
一部のマスコミは、『同日夜の審議後、自民党が質疑打ち切りの動議を出したのに対し、廃案か継続審議を求める民主、共産、社民3党などは採決に反対して退席したため、自民など3党で採決した。』(毎日)などと書いているが、現場を見ていない記者による大嘘である。よくもまあこんなことが書けるものだ。歴史を偽造するつもりか。
法務委員会は議事を円議員の質議に戻すべきだ。まだ質問をしていない少数会派の委員もいる。
このまま参院の本会議(休憩中)を絶対に開かせてはならない。9日夜の強行開催も予想されたが、委員会の「結末」があまりに問題が大きかったためか自自公のシナリオ通りには動かなくなってきたようで、明日に持ち越された。明日になれば衆院に内閣不信任案が出るであろう。野党の結束がいまほど求められているときはない。そして、公明党に批判的な自民内反対派を突き崩し、自公連立の目論見を解体し、盗聴法の廃案をかちとろう。国会の前で座り込んでいる諸君に連帯する
法務委員会での混乱後、夜中の本会議もあるということで、議員会館前での座り込みにしばらく合流してみた。国会と会館を行き来する議員はこの前を必ず通る。野党の議員は、かなり「大物」も含めて座り込みの人々の前でちょっとしたスピーチをやったりする。ときどき、この集団は国会に向けてシュプレヒコールをやる。今夜は、デモに加わった人たちも一部合流したので、150人ぐらいにはなっていたと思う。
実際に様子を見ていると、こういった直接的な行動が、いかに野党の議員達の志気と行動を規定しているかがよくわかった。座り込んでいても役にたたないと思っている人もいるかもしれないが、全然違う。昼間は暑くてたいへんだろうと思うが、健康を害さない程度にがんばってほしい。
こんな裏ページに注目いただいて恐縮です。あんまりがんばってもいないのになんか恥ずかしいですが・・・ 激励と受け止めます。盗聴法を粉砕しましょう。
そうだ、せっかくだから、広めとこ。
9日(明日)は、行ける人は、朝11時ごろに国会前に集まってくれとのことですが、夕方ならばなんとか、という人は、以下の集会にお集りください。ぜひ。これ、口コミとネットしか広める方法がありませんので、知り合いに教えてくださいね。
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盗聴法を廃案に! 緊急集会
8月9日(月)午後6時30分〜
場所 社会文化会館ホール
http://www.mapion.co.jp/cgi/m?no=1091991500196350085
この URL であらわれる地図の一番右にあるのが社会文化会館
最寄り駅 営団有楽町・半蔵門線永田町駅、国会図書館の次
よびかけ
超党派国会議員と市民
福島瑞穂 社民党
小川敏夫 民主党
橋本 敦 共産党
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会期末を13日に控え、現在大詰めを迎えている悪法3法(盗聴法、日の丸君が代法、国民総背番号法)の審議は来週1週間の最終攻防に持ち込まれた。
盗聴法を審議している参院法務委員会は、9日午後に審議を打ち切り委員会採決になる可能性が非常に高まっている。
ただ、ここに来て注目されているのが、民主党が提出を予定している内閣不信任決議案の行方である。自由党が自民党に要求している、今国会での選挙法「改正」(比例区削減)の衆院通過を自民党が公明党への配慮から、飲まないため、自民党に「ふられ」て面子を失った自由党が連立を離脱するのは時間の問題となっている。また、新宗連を中心とした自民党内の反創価学会勢力が、「自公連立」を壊すために動いている。盗聴法が参院本会議に上程される前に、内閣不信任案が提出されるのは確実であるが、場合によっては、これが成立する可能性がある。すると、情勢は一気に解散総選挙ということになり、盗聴法どころではなくなる。これがもっとも望ましい流れと言えるが、どうなることか。民主党など野党の国会対策の技術も問われているが、あとは運を呼べるかということになってくると思う。国会近くで炎天下、座り込みを続けている人たちの願いが通じることを祈るのみである。もちろん、できれば直接駆け付けたいのであるが・・・
昨日の私の疑問を、さるMLに流してみたところ、小倉利丸さん御本人から以下のようにレスポンスがあった。
| 当局の言い分を鵜呑みにすれば「できません」ということになります。 | だから、彼らの言うオウムだの暴力団だのを彼らの言う方法では盗聴 | なんてできないのですね。じゃー誰が狙われるか。無防備で遊び半分 | にクスリに手を出した高校生とか、専用線を借りる金のない人たちで | すね。専用線が安くなればなるほど、よりビンボーなものたちだけが | ターゲットになるのかも。
なるほど、いまのところ公式には「専用線は盗聴しない」と言っているわけだ。
他の人に言われたのは、「そういう場合は、『上流』を盗聴するでしょう」とのこと。確かに、専用線といっても、専用線があるのは基幹に繋がっているプロバイダと弊社の間だけで、メールもプロバイダのサーバを通ってくる。といっても、メールのコピーがそのサーバにできるわけではない(はず)なので、私宛のメールのパケットをキャプチャーするということをしなければならない。しかし、上流にあるプロバイダを通過するパケットは膨大な量になるはずなのに、そこから私宛のメールを取り出すという、そんな面倒な傍受がいったいできるのであろうか?
ところで盗聴法の攻防は週明け早々になったようだ。円議員がせっかくがんばっていたのに、民主党は代理で千葉景子議員を法務委員会理事会に出席させるという挙に出た。千葉議員は3日の集会で高いところに誇らしげに座っていた人ではないか。そういう議員が法案成立の協力じみたことをしているというのはどういうことだろう。千葉議員はまともな人だと思っていたのに残念至極である。
昨日書いたことのなかで1ケ所、事実誤認があった。3日に民主党が、盗聴法と国旗国歌法の採決に応じるという方針を与野党協議ではじめて打ち出した、というのは、「民主党の国対族が与党との談合で、『強行採決』を容認した」というのがより正確な実態だということらしい。しかし、いったい「強行採決を容認する」とはどういうことなのだろうか。なれ合い政治もいいところである。しかし、まだ民主党にもまともな部分もちゃんといて、参院法務委の野党筆頭理事の円より子議員が理事懇談会のボイコットに出、他の野党議員も同調して理事懇談会を欠席。にわかに情勢が流動化してきた。民主党右派・国対馴れ合い議員の「取引」を許さず、盗聴法廃案の展望を切り開きたいものである。
昨日、参院の中央公聴会に小倉利丸さん(富山大教員)が公述人として発言してきたそうだ。その最後に、「法律が成立した後に、もし盗聴捜査が自分の職場で行われた場合、私は、国家公務員としての宣誓に従い、憲法の通信の秘密を守る立場に立ち、捜査に協力しない。現場のスタッフにも協力しないよう指示する。その結果、私が何らかの不利益を被れば、当然闘うことになるだろう。」と述べたそうだ。その意気やよし。電子メールの盗聴はいまのところPOPサーバのメールボックスに対して行うらしい。そうなると、弊社宛のメールは弊社内のサーバが盗聴対象となる。私は、公務員ではないが、通信の秘密を守る立場は同じだ。私も、そのような場合には、協力を断固拒否する。捜査の状況、捜査員の肖像なども全部「実況中継」してやったら面白いであろう。それにしても、私宛のメールを盗聴したい場合、そのPOPサーバの管理者は私なので、私に、私宛のメールの盗聴に協力するよう依頼するのであろうか??
盗聴法案の参院委員会での「強行採決」が、5日(明日)に行われる、という説が一時飛び交っていた。実際、その線は濃かったと思う。しかし、今日になって、5日の強行採決はない、採決は10または11日という情報に変わった。
しかし、「先延ばし」になっただけで、盗聴法の阻止という点では、あまり展望の持てる話ではない。もちろん、現状では野党側に有利なポイントが出たとは到底思えない。これは、3日に民主党が、盗聴法と国旗国歌法の採決に応じるという方針を与野党協議ではじめて打ち出した(神奈川新聞の報道による)ことによると考えられる。したがって、このままいくと10または11日の採決は「強行」ではなく粛々と行われる可能性が強い。(会期末は13日。)もともと、自民党としては、国旗国歌法を「怒号が飛び交う中、強行採決」という形にしたくないということらしい。そのために、盗聴法については、強行採決ということになっても、早めに処理してしまいたいということだった。しかし、民主党がこの2法案の採決そのものを容認した以上、共産・社民がいくら騒いでも「強行採決」という形にはならない。それで盗聴法を無理矢理早期前倒しに処理する必要はなくなった。
民主党は、昨日(3日)に、連合のトップとともに日比谷野音の集会に出てきた。菅直人は、「阻止、粉砕」と景気のいいことを言っていたが、その前に民主党は国会でいわば平穏な採決のお膳立てをしてきたのである。もちろん、強行採決を先延ばしにする選択は、仕方がなかったのかもしれないが、その上で「阻止、粉砕」を実現する絵を、菅直人はどう描いているのか。おそらくそんなものはないのだろう。はっきり言って、壇上にあった菅直人と、連合の大幹部には全然危機感が感じられなかった。いままで、マイナーな問題だった盗聴法の問題点を突き出し、全国的な政治問題にしたのはこういった連中では断じてなく、なんら権力のない無名の市民ではないのか。連合の笹森事務局長は、集会の締めの「団結ガンバロー」をやるときに、「市民のみなさんは、やり方を御存知ないかもしれないけど」と言った。そこには、あからさまな軽侮が感じられ、心底不愉快になった。
さいごになって、チンピラみたいな連中が介入してまったくうんざりしたが、全体としては、東芝の「全面謝罪」=「法的措置の取り下げ」を強制した、という点において画期的な結果になったと言える。<情報民主主義>にとって間違いなく大きな前進だ。
『悪徳商法マニアックス』の主宰者Beyondさんは、さすがにいいことを言っていた。当事者の資質の問題がすぐに云々される傾向があるが、そんなことはどうでもいいのだ、彼がインターネットを使って行った行為が我々にとって善であるが故に、彼を支持する、といったようなことである(掲示板だとすぐ流れてしまうので正確な言い方は御勘弁)。
ところで、MP3を使って「東芝暴言オヤジ・リミックス」を発表したミュージシャンがいた。それを聴きたいがために、MP3というものを自分のマシン(iMac)で聴けるようなソフトをインストールしたほどである。爆笑ものでした。
東芝は「ホームページ内容の一部削除」を求める仮処分申請という形で「法的措置」に訴えた。まさに言論弾圧であり、インターネットによって芽生えてきた「ものいう民衆」を根こそぎにするための攻撃である。さすが、「工場の門の中には憲法無し」の世界的大企業の面目躍如である。でも、インターネットは東芝の構内ではない。しかもその主張内容たるや、単なる見解の相違を通り越して客観的事実にも反する部分がある。この問題をいままで見てきた人はみな、あきれているだろうが、金持ちの権力者がウソを公言することを決意したらどうなるか。
その結果のひとつが昨日のTBSのNews23における筑紫哲也「多事争論」に出てきた。当事者が通話を録音したことを「傍受」といいがかりをつけ、個人が事実に基づいて意見表明することを「便所の落書き」と言ってのけた。筑紫が反権力ポーズを売りものにしているだけの屑野郎であることが満天下に明らかになったわけで、ネットの力を御存じない彼はそのうち必ず後悔するだろうけれども、昨日のNews23ではじめてこの問題を知った人は、誤った印象を持つだろう。
多事争論
古い知人からメールをもらった。この「つぶやき」を読んでくださる奇特な方だ。
そのメールには、「なぜ、『東芝のアフターサポート問題』が社長のつぶやきに出てこないか、不思議だ」という指摘があった。この問題は、このページを御覧になるとわかると思うが、1ヶ月でのべ100万人がアクセスしているという超有名な話、いろいろなところにも伝播しているので、多少インターネットを見ている人なら知らない人はいないという話だろうと思って、わざわざ愚見を述べるまでもないかと思っていた。「社長のつぶやき」でいままで取り上げていないことについて他意はもちろんない。
もし、ご存知ない方は、ぜひ、上記のリンクを辿り、まず、AKKYさんという1ユーザと、東芝との電話でのやりとりをリアルオーディオで聞いていただきたい。
7月にはいって、東芝がAKKYさんに「法的措置をとる」と言ってきたとのことだ。東芝という超大企業が、正面切って一介の個人ユーザに「法的措置をとる」と見得をきったというのは画期的なことだと思う。このことに感慨を抱いたので、細かい話は一切抜きで、その感想を述べる。
まず、「ついに一介の個人ユーザが、インターネットという媒体を武器にして、直接大企業とわたりあう時代になったのだ」ということだ。この場合大企業とは権力と言い換えてもよい。この産官学「軍」コングロマリットに支配された実態の資本主義社会では、大企業こそ権力そのものだ。権力から見れば、一介のユーザが「お客さま」なんてのは擬制(フィクション)の最たるもの。その一介の個人ユーザが、現実に大企業の足元を揺さぶる存在になってきていることに東芝は震撼したのだ。「法的措置」という台詞はその現れにほかならない。
インターネットはものすごい武器になる。そのことを証明してくれた。その意義は大きいし、励みになる。こちらだって零細会社の机の上だけで司法界と喧嘩しているので。
はっきり言って、AKKYさんが「クレイマー」だろうが、電話録音を公開しているのが「問題」だろうが、どうでもいいのだ。「巨大企業」と「一個人」のケンカのどちらを応援するか。その一点のみで判断すべきだと私は考える。
私の見解では、リアルオーディオの公開には、何も問題はない。というか、これがあったからこそはじめてAKKYさんは東芝を自分の土俵に引きずり出すことができたのだ。実に効果的な「マルチメディア」の使い方で、インターネットの歴史上に残るべきことだ。それにケチをつけるのは権力の手先以外の者ではない。
「法的措置」が、東芝からまともにかけられたら、正直いって「一個人」にはひとたまりもない。司法の争いはカネとヒマのあるやつの勝ちに決まっているからだ。だから、東芝が「法的措置」と口で言っている分には、あからさまな脅しだが、もし本当に何か「法的措置」に訴えてきたとしたら、えげつなく常軌を逸した行為だと言える。もっともそうなれば、多くの人がこの「資本主義社会」の隠された暴力性の直接のむき出しに気がつくから、コングロマリット側にとっても両刃の剣であろうけれども。
AKKYさんには応援団も結構ついているようである。もし、本当に彼のために何か助けてあげたいならば、有能な弁護士を雇えるような裁判闘争資金の基金を作ってあげればいいと思う。そういうものがあれば私も微弱ながらカンパはする。
あまりにも卑怯で劣悪な話なので考えたくもないが、東芝が「威力業務妨害」で刑事事件にすることも考えられる。最悪の場合、逮捕・起訴である。インターネットでの意見表明を巡って、大企業が一介のユーザを告訴するという事態が起こるとは考えたくないが、そこまで追い詰められれば東芝もやるかもしれない。いずれにせよ、法的な面でのサポートの問題は重要になってくるだろう。
前回の本項の記述について、大学時代にいろいろと行動をともにした友人から、以下のような苦言のメールが入った。
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ところで、「社長のつぶやき」(いろいろ興味深いことが書いてありますね。まだ全部よんではいませんが)の先日の集会の件についての記述、ちょっとびっくりしました。一生懸命運動やっている若い人たちに対して、暖かみの感じられない表現のように思えます。また、軽い気持ちで書いたものではあるとは思いますが。
「私は、首都圏の学生さんの後ろについて銀座方面へ。それなりに人通りのあるコースでよかったのではないでしょうか。それにしても、学生の「密集」モドキ、「渦巻きデモ」モドキ、全然腰が入ってなかったなあ。まあ、脇に機動隊もいなかったし、そんなもんか。」
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なるほど。言われてみれば指摘のあった記述は多少粗雑さを免れないものであったかもしれない。実際にいま運動をやっている人が読んだら不愉快に思うことであろう。その場合はごめんなさい。
こんな時代に各大学で問題意識を集約して100人以上の結集を実現していたことへの評価が抜けていたのはアンフェアだったし、また彼等の元気の良さに微笑ましさとともに、まだまだ学生運動も捨てたもんじゃない、という思いがしたということも付け加えておくべきかも知れない。
ただ、あの感想も実際に感じたことのひとつには違いない。あの調子で、もうちょっと警備が厳しいデモに参加したら、パクられ放題だ。そもそも「密集」や「ジグザグ」をやる、ということは、デモに軍事的な意味合いを与えるものではないか。そういった作風を保ち続けるつもりである以上、それなりの下準備というか、訓練はするべきであろう。単なるパフォーマンスならばやめたほうが良いのではないか。
まあ、そういった私の記述が余計な口出しなのは確か。先輩面して批判できるような関係を現状で一切作っているわけではないしね。いずれ、そういう意見をだしあえるような場ができればいいなあと思う。
しかし、いかに閲覧者数が少ないとは言えマイナーかつディープな話題になってしまった(^^;;
昨日の集会はすごい盛り上がり。主催者発表で8000人の参加ということでしたが、あの日比谷野音が立ち見含めて超満員で人が溢れ出していましたから、8000人という数字はだいたい正確でしょう。私は始まってしばらくするまで外で安田弁護士のビラをまいていたので、入ったのがだいぶん集会が進行してからだったのですが、後ろの通路にも人がいっぱいで集会で何が行われているのか、どんな発言なのかもわからない状態でした。しばらくしたら喜納昌吉の唄う『花』が聴こえてきて、これはとてもよく聴こえました。
人数が多すぎるので都心のデモも2派に分かれました。私は、首都圏の学生さんの後ろについて銀座方面へ。それなりに人通りのあるコースでよかったのではないでしょうか。それにしても、学生の「密集」モドキ、「渦巻きデモ」モドキ、全然腰が入ってなかったなあ。まあ、脇に機動隊もいなかったし、そんなもんか。
東京駅前のちょっと手前で解散。「たまたま」居合わせた知り合いの方々10名ほどと東京駅地下街のお店へGO。安くてよかった。
ごぶさたです。
何はさておき、明日6月24日木曜日夕方は、盗聴法阻止の大集会へ! 午後6時から日比谷野音(千代田線霞ヶ関駅下車)です。多少遅刻しそうでもかまいませんのでぜひ御参集ください。一万人規模の大集会を目指しているそうです。
盗聴法に続いて、“暗黒の超管理社会”を実現する「住民基本台帳法改悪」に公明党が賛成する方針を公にしたようだ。
いいかげんに目を醒ましなさい。といっても、もう手遅れか。
それにしても、このところの社会面のニュース(事件)は妙にタイミングがいいというか、コントロールされているような気がしてならない。大はマル暴の抗争事件から、小は「盗撮集団摘発」「違法コピー配付高校生摘発」云々まで。「森高結婚」は違うかも知れないが。
朝日新聞より。コトバでごまかそうとする法務省。戦争中と同じことだ。
どんなにコトバを変えても本質は変わらない。wiretapping の日本語訳として「通信傍受」などとしたら×だろうに。権力が行う盗聴がむりやり「合法」とされるだけの話だ。
「極めて不適切」なのは盗聴法自身、そして法案をゴリ押しする警察・検察権力とその走狗となった自自公のほうだ。私は「盗聴法」と言い続ける。法務省刑事局は1日、報道機関各社に対し、通信傍受法案を「盗聴法」と表記しないよう求める、異例の要請文書を配った。
文書は、同法案について「一部に『盗聴法』と表記、呼称し、あるいは『(盗聴法)』と付記した記事、報道が見受けられる」としたうえで、「法律に基づいて一定の犯罪に関連する通信を傍受する新たな捜査手段について、その要件と手続きを定めるもので、通信の秘密を違法に侵害する犯罪行為である『盗聴』の語を当てるのは、国民に対して著しい誤解と偏見を与えるものであり、極めて不適切だ」と主張。法案の正式名称か「通信傍受法案」という略称を用いるよう申し入れている。
「自自公」の腐れ議員たちが、本日なんと審議を打ち切って強行採決を目論んでいるとのこと。もはや「修正」などというごまかしでは世間を騙せないというので、中央突破のコワモテ路線に豹変なのか。いずれにせよ急速に広がってきたまともな世論におそれをなした暴挙と見えるが、「自自公選良」よ、暴挙の報いは必ずあると覚悟したほうがいい。野党議員は座り込みでもなんでもやって与党の暴力的採決を阻止してください。公明党は創価学会の言うことを聞くように(笑)
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金曜ごろから腰痛が激しい。ぎっくり腰というのとはちょっと違う、もっと鈍重な感じの痛み。なんなのだろう。昨日の夜はバファリンでごまかしていたが、帰って一夜あけてもそのまま。鍼でも打ちにいこうか。どなたかお勧めはありませんか?
というわけで水谷氏のCDを聴くなどして自宅でだらだらしていたら、いきなり「戦争法案はんた〜い」という大音声が。びっくりして窓から外を見ると、自宅のわきの道をデモ隊が通過中であった。その道は車2台がすれちがうのがやっとというところで、デモなどしているのを見たのは2年半ではじめて。共産党ののぼりが見えた。多くが中高年の方々だったが若い女性もちらほら。300人以上はいたかな。
そういえば、金曜日に明治公園で開かれたガイドライン反対集会には、5万人が集まったらしい。これって、数からいうと60年、70年安保のころの集会にもひけをとらないのでは?
ガイドライン法案、盗聴法案、国旗国歌法案というのが最近の政治情勢の三大噺とも言える。わかっている人はちゃんと3つを結び付けて反対しているとおもうのだけど、いかんせん無関心派の圧倒的多数の前には焼け石に水といった感がある。どうせメインストリームからは外れているので、何がどうなろうと知ったことではないというやけな気持ちにもなるが、自分がいやなことを押し付けられたり、監視されるのはかなわない。それは誰でも同じだと思うのだが、それだったらどうして上の3つに賛成(反対しないのは賛成です)できるのか。
夕方、渋谷ON AIR EASTで行われた「反盗聴法」トークライブ。出演者は、テリー伊藤、辛淑玉、宮崎学、大谷明宏、佐高信の各氏など。政治主張をかかげた集会としては、非常にエンターテイメント性が強く(もちろんいい意味で)、画期的だったと思う。司会のランキンタクシーも良かったし。実際、マスコミの注目も高く朝日などにはかなり大きく報道されたようだ。
現在、国会で社民の保坂議員(この日も、中村敦夫や福島瑞穂とともに登場していた)が参考人招致を要請中の、「盗聴器を警察から受注して製作、納品していた」という人も登場。その盗聴器で電話を全部聞かれていた共産党の緒方氏も登場。内容濃すぎ。この法案に反対しない人は自分の電話が全部盗聴されてもいいのだろうか。創価学会の心ある人は、政権という蜜にひっぱられている阿呆な公明党に圧力をかけて法案を廃案にしてほしい。
濃すぎのトークで第2部のライブがおしまくった。トリのパンタ(頭脳警察)を見にきた人がけっこういたと思うが、私は2番目に登場した、水谷紹(Sax, G, Vo)という人にすっかり惹かれてしまった。たまたま同席したRadica編集長のめたるまんさんとも同感したのだが、異色そのもの。曲ごとに楽器をとりかえながらちょっと高めのメロウなヴォーカルで場を制圧。帰りにおもわず即売されていたCD("Open・Closed")を買ってしまった。
ライブ終了21:40。めたるまん氏、崎山伸夫氏と韓国料理『吾照里』。マッコリで軽く一杯。石焼きビビンバ、蒸し鶏、海鮮お好み焼き(チヂミという名ではなかった。なんだっけ)、プルコギ。うまかった。
木曜日の東京の最高気温は28.4度だったそうです。どうも暑いと思った。しかし、夕方からいい風が吹いてきています。そろそろ、ビヤガーデンの季節ですね。(といっても、いわゆるビル屋上のビヤガーデンって、数えるほどしか行ったことがない。八王子にもあるのだろうか? あ、確か、高尾山の山頂近くにあったはず。ああ、行きたい・・・)
夜の高尾山から見える東京の夜景はどんなものだろう。夜景に関しては、東京はもしかしたら世界的にもかなりのきれいさではないか。(なにしろ規模がでかいので迫力がある。)夕暮れどき、まっくらになる直前ぐらいに、首都高のレインボーブリッジから見た水際のビル群のシルエットは美しい、と思う。昼間見てもろくなもんじゃないけど。「不自然の美しさ」というものだろうか。
労働保険の書類、書き終わりました。なんか、通産省から警告メールが来ているぞ。
今年の阪神は強い。14年ぶりの優勝も夢ではないようである。14年前に優勝したのは記憶に新しいところである。(新しいのか?)しかし、さらにまた14年をさかのぼると、なんと1971年。70年安保の余燼覚めやらぬころである。こういう風に過去を遡って考えると、歴史となったような「過去」であっても意外と近いという感じがする。この例は、多少説得力というか説明力に欠ける気がするけれども。
3日連続気まぐれ。20日が労働保険の締めきりです。(経営者の)皆さん、申告はもうお済みでしょうか? 弊社はまだな〜んも準備してません。(≧∇≦) ブァッハッハッ!←これを使ってみたかっただけ・・・
どうでもいいことをひとつ。最近大ブレイク中の Dragon Ash の降谷建志君の父親は古谷一行だそうです。裏はとれてませんが一部で流れている噂。Infoseekとかで調べてみると数件ヒットします。こういう目先のかわったことを書くとなんか違う反応があるかしら。
なぜか連日更新。気まぐれだなあ。
弊社(詩林堂)は64KBpsでインターネットにつながっている。だいたい社内の利用者は多くても4人なので、まあ十分だ。ところで、さる事情から弊社のネットワーク内の一部分をある会社に「また貸し」することになった。(なんと、ウチはレンタルサーバ業者にもなってしまった!)まぁ、暫定的な措置になるのかもしれないけど。
しかし、どうもそのドメイン(弊社のネットワーク内にあるその会社のスペース)に外からアクセスすると、ロードがめちゃ重い、と社員による指摘。線の太さはすぐにはいかんともしがたいが、うちで使っているハブが旧式なので、最新の全二重スイッチング・ハブなるものにこの際切り替えれば、そのへん改善されるというので、秋葉原に行って彼の奨めるままにスイッチング・ハブを4台購入。
さきほど、いまあるハブをぜんぶとっかえたところ。外からその会社のドメインにアクセスしてみたら、ふむふむ、確かにほとんどストレスを感じないぐらいになっていた。
しかし、それにしても買ったばかりのハブが1台余ってるみたいだ。いま数えてみたら、下位のハブから接続されているポートも含め、埋まっているポートが20個。8ポートのハブを4台買ったので、1台あまりました・・・ よく考えてみたら、さっきも言ったようにうちは最大4人しかネットワーク使わない(他社にレンタルされているホストは別として)のに、8ポートのハブが4台(穴、32個!)というのはなんぼなんでも贅沢すぎるというか、買い過ぎのような気がしてならない。んが。
まあ、ハードディスクの今昔と同様、ハブのようなネットワーク関連のリソースも確かに極めてリーズナブルになってきた。ことの善し悪しの評価は別として、リーズナブルな資源はそのつもりがなくてもいつのまにか使い尽くしてしまうものである。こんな小さなLANであっても、余っている4台目のハブが埋まってしまうのも時間の問題なのかもしれない。
“噂の”「檸檬屋」に行った。(どこで噂しているのかは、良く知らないが。)宮崎学さんのサイトに、しょっちゅう登場するので存在が気になっていた。今回、宮崎さんのパーティがはねた後、知り合いのR君が「3次会が檸檬屋であるので、先に行っていましょう」と誘ってくれたので、わくわくしながら行った。
日暮里の駅から歩いて数分。「谷中銀座」という古い古い歓楽街に入ったすぐのところにある。看板すら出ていないので、いきなりひとりで来るとかなり迷うかもしれない。場所がわかってもなかなか入りづらいものがあるだろう。
「檸檬屋」は、しかし、広さといい、雰囲気といい、私が想像していた感じに非常に近かった。いや、ほんとはもうちょっと古ぼけた感じかと思っていたのだけど、品格を感じさせる古さであって、そのまま現代から、60年代なかばぐらいまで戻ったような感じであった。
マスターの手料理が次から次へはこばれてきた。私はパーティであまり食い過ぎなければ良かったのにと後悔した。それでも、口をつけたものはみな、美味しかった。
ほんの少しであったが、娘さんを迎えに来たキツネ目組「おつかい係」のTさんとお話できたのがよかった。「おつかい係」なんて軽い感じに聞こえるのだけど、とんでもない。重厚な方である。というか、檸檬屋に居た方々はみんな一筋縄ではいかなそうな人物ばっかり。ここは現代の梁山泊か。
また行ってみたいものだ。
ガイドライン3法案、衆院通過だって。まったくどうしようもない。最近、世の中が音を立てて悪い方向に向かっているようだ。「と知事選」の結果といい・・・
オウムの住民票移動拒否にしても、(賛否両論あろうが)行政がああ堂々と違法行為を行い、閣僚がそれを容認しているというのは、底知れぬ恐怖である。あえていえば、オウムのもたらす恐怖以上の恐怖とも言えるのである。裁判になれば、オウムの主張が通る以外にないのであるが、そうなったらなったでまた、妙な「司法批判」とかが起こるんだろうなあ。
最近の数少ない明るい話題というと、国立市に女性の市長が誕生したことと、吉野川可動堰が事実上阻止されたことぐらいか。
組織犯罪対策法の成立も間近に迫っている。これがまた、「業界」以外にはその恐さが全然といっていいほど伝わっていないんだなー。
法律は「クソ自自」にプラスして「公」がつるまないと成立しないのだからして、創価学会はちゃんと組対法には反対を貫いてほしい。
ちょっと時期を逸してしまいましたが、AMLに一連の疑問提起を行った山崎久隆さんが、「とりあえずのまとめ」として『不審船記事情報始末』という投稿をされましたので(4月5日)、転載します。----------------------------------------------------
amlの皆様には、様々な情報をaml上であるいは個別メールにてお寄せいただきましてありがとうございました。とりあえずのまとめを書いてみました。
その後、時事通信や読売新聞の記事情報にまつわる疑惑を調べておりましたが、残念ながら真相は依然として闇に包まれているようで、納得できる状況にはありません。時事通信とNIFTY-Serve からはもっともらしい説明がされていますけれど、これとて本当のことをいっているのか疑問ですし、読売、時事による発砲時刻の事前予知報道(^_^;)に至っては、何ら合理的説明はされませんでした。
しかし発砲時刻事前報道だけでは国会もマスコミも動けないというような雰囲気でして、最後まで追求はできていません。
時事通信とNIFTY-Serveの側の説明は、概ねこういうことです。
まず
3月23日(火)
18:49 偽装漁船か、日本海で追跡=2隻、停船命令に応じず
という記事が送信されたが、その後5回にわたり記事が書き換えられた。しかし本来は記事固有の一連番号を送るべきところ、最初の記事に付番されている番号を付けて送信していたため、記事のタイムスタンプがそのままで内容だけが次々に塗り替えられてしまった。
そのため、後から(3月24日(水) 02:26以後)記事を見ると、最終的に送られた記事があたかも3月23日(火) 18:49に送信されたように見える現象が起きてしまった。
この説明で、記事配信サービス上、最初と中間に配信された記事の一部が消えている説明はつきます。しかしNIFTY-Serve以外にある記事情報をつき合わせていくと上記説明と矛盾する記事情報が現存していることもわかりました。
ただ、問題はそういう「事故」が起こり得るとしても、記事配信情報サービスを受けている人などから過去にそういう事例を見たことがないという「特異な事件」であったことや、まして「戦後初の軍事攻撃を自衛隊が行った」という極めて重大なニュースで起こったことなど、この説明だけではとても納得できないと思うわけです。
しかしながら実際にはこんなもんではない重大な事実も明らかになってきており、例えば21日には既に「不審船情報」を得ていた自衛隊は、艦隊を出撃させて待ちかまえていたとか、海保を「囮」にして自衛隊の軍事行動を「海上警備行動」として正当化するお膳立てを考えていて海保にまともに情報が伝わらなかったことをして「海保と自衛隊の協力体制の強化」にすり替えようとしていたりとか、まさしく陰謀としか言い様のない有り様が徐々に明らかになってきています。
現実問題として、朝鮮半島情勢如何では自衛隊の軍事行動は当然あり得るものとして、各報道は予定稿とはいかないまでもそういう事態を想定しているものと思われます。その一端が読売のやたらに早い時間のまとめ記事(これなど予定稿そのままとさえいえるほどの記事です)とかになっているのではと思われます。
事態が進む間、予定などしていないメディアの対応としては、目前で起きる事態を時間を追って報じ、その説明などは識者のコメントなどで埋めていくものですが、読売だけは妙に起承転結のまとまった記事を流し続け、追跡の始まった23日、まだ海上警備活動が発令される前にそれを予告するかのような記事を流し、そのうえ「さらに、海上警備行動の発令には、首相の「承認」が必要だ。海上警備行動は、これまで一度も発令された実績がない。」これは「法の壁」だという論調を流すのが午後10時12分の記事です。
つまり読売は自衛隊が動いている段階で既に「海上警備行動」も含め、自衛隊が初めて実戦に踏み込むことを「知っていた」だろうと推測できるわけです。
推測できること事態はもちろん悪いことではないでしょう。問題は何かといえば、事前に自衛隊などの政府機関が「ある事件」を契機として「周辺事態」を先取りするような行動をもくろんでいることを察知したとして、権力を監視する責任のあるメディアが、権力のお先棒をかつぐかのように「危機」をあおり立て、それを前提にして「機器管理が問われる」などと書くべきことではないということです。
例えば21日時点で既に「不審船」が確認されていたとしたならば、23日になるまでそれを「不審船」のままにしておいて、23日になってやおら海保に後から追撃させて「逃げられる」などということ事態、本当であれば「捕まえる気などはじめからなくて大騒ぎをしたあげくに逃走されるように仕組んでいるのでは」といった疑惑をもって見るべきものを、いかにも「突発事態で危機管理がずさん」というシナリオを仕立ててしまえば、世論誘導も甚だしいというべきことでしょう。
この一連報道疑惑の背景には、そういうこともあるんじゃないかと、改めて恐ろしい気分になっています。
そういう意味ではNIFTY-Serveへの記事誤送信さえも時事に仕組まれた罠じゃなかろうかという気持ちになってきています。これを元に国会などで追求を始めたら「誤送信だった」とおもむろに説明をし、追求した側の機先を制することで疑惑そのものを雲霧消散させようという仕掛けです。まあこれは考えすぎかもしれませんが。
いずれにしろ、この事件だけでなく周辺事態法審議が進むに連れてまたしても「訳の分からない事件」が起きる可能性があります。テポドン再発射とか地下核施設疑惑などが正体不明の出所からメディアに漏れ出ていますが、それ以外にも朝鮮半島だけでなく極東をも超えてなにがしかの「事件」が起きないとも限りません。
そういう時、メディアはどう動き何を伝えるのか、十分監視していたいと思います。
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「EIN(教育に新聞を・推進協議会)」の校閲実績が10件に達したことを表彰してくださるということで、以下のような認定証が送られてきました。係長、課長をへて「デスク」になりました。あ、給料は10万円でいいですから>びしさん。10万円にしては、過労の御様子ですが↓
時事通信と読売新聞の不思議なニュースのうち、時事通信に関しては、国会議員が事実関係を照会したところ、「NIFTY-Serveのシステムに転送された記事のエラー」で、時事は「この件ではNIFTY-Serveに厳重に抗議する」としているとのこと。NIFTY側の公式見解は明らかにされていないが、同じ記事に同一ID番号で繰り返し更新をしているために起きた問題だということらしい。(そんなことをしたら、新しい情報を得るのに既読のIDの記事をもういちど参照しなければならず、使いにくいことおびただしいはずなのだが。)
読売新聞については、新聞側の見解はまだ不明。NIFTY側も「調査中」とのこと。
詳しいことがさらに明らかになったらまたお知らせします。いずれにしても、今回の一連の問題で、マスコミ情報が相当コントロールされていることは間違いがない。いろいろ調査がされればかなりおかしなところが出てくる可能性も大きい。
「ネット」の威力をまざまざと見せつける出来事だった。自衛隊が「実戦」に踏み出したとして賛否両論を呼んだが、そのきっかけとなった不審船に対する自衛隊の動きは、最終的に取り逃がすことも含めて、事前にマスコミリークされた「予定行動」だったことが明らかになったのである。そのことを実証したのは、ネット上に公表されるマスコミ記事を丹念に追っていた1ネットワーカーだった。
時事通信は、23日午後6時49分の段階で、自衛隊が「24日未明」に警告射撃にふみきり、しかも追跡を「断念」することまでを(過去形で)流していたのである。読売新聞のニュース速報も、23日のうちに、24日の自衛隊の動きを報道しているという。
以下は、この事実を発見した山崎久隆氏がメーリングリストに投稿した記事である。出典:http://www.jca.ax.apc.org/aml/9903/11573.html。なお、AML の3月のインデックスはhttp://www.jca.ax.apc.org/aml/9903/index.shtmlにあります。
Subject: [aml 11573] RE:自衛隊の実戦(時事の奇妙な記事 From: 山崎 久隆 <SDI00872@nifty.ne.jp>
Date: Thu, 25 Mar 1999 12:19:37 +0900
Seq: 11573
この件の記事情報を整理していたら、とても奇妙なものを発見しました。
それは、以下の時事通信の配信記事なのです。
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203 03/23 18:49 時:○偽装漁船を追跡、威かく射撃=2隻、停船命令に応じず−政
時事通信ニュース速報
23日、海上自衛隊機が能登半島沖と佐渡島沖の日本海領海内で不審な船舶2隻を発見、連絡を受けた海上保安庁の巡視船艇が停船命令を出したが、振り切って逃げた。巡視船艇は、同日夜2隻に威嚇射撃、追跡したが、24日未明、追跡を事実上断念した。2隻は外見上漁船で、日本語で船名が書いてあったが、当該の漁船が別の場所で操業していることなどから、偽装漁船とみられる。事態を重視した政府は首相官邸内の危機管理センターに「官邸対策室」を設置、24日未明、自衛隊法に基づく「海上警備行動」を初発令。海上自衛隊の護衛艦が至近距離を追跡、警告射撃を行った。
[時事通信社]
[1999-03-23-18:49]
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この記事が配信された時刻に注目して下さい。その前には「不審船事件」が無いことにも。つまり時事通信の一番最初に流れた「不審船事件」の記事だということなのですが、そこには既に結末まで書かれているのです。
もう時事通信の中では、自衛隊には「海上警備行動」を24日未明に出したことになっていますし、追跡、警告射撃までしたことになっています。この記事は「官邸対策室」が設置さたところまでは時系列に合いますが、それ以外は全て未来のことを書いているのです。
さて、一体時事の記者はなぜ翌日未明(24日午前0時50分)の「海上警備行動」を予測できたのでしょう、さらにその後に警告射撃も行うことをなぜ知ることができたのでしょう。さらに24日未明には追跡を断念することまで(つまり捕まらないことまで)予測できたわけです。
この記事配信のあった23日午後6時49分以前に、既に事態の大まかな経過と結末まで決まっていたことを、この時事の記事は教えてくれている。「危機管理がどうこう」など言うのは茶番そのもの。読売社説のような超タカ派論説を引き出すために行われた大々的出来レースだったわけだ。
もしもこの記事とそれについての考察が正しいとしたら・・・恐ろしいことがこの国で現在起きていることを示します。脅威を捏造し、演出し、さらに危機を煽って国民世論を誘導しようという「宣伝相」がいるというわけです。読売新聞などはその機関誌然としておりますが、毎日や朝日なども「領海侵犯にある程度の強硬手段はやむを得ない」などと、すっかり騙されているわけだ。
日向灘の追跡劇から、94年の核疑惑、テポドン疑惑に不審船、米ソ冷戦が終わり軍事的脅威は日本近海でも急速になくなっていくことをまさしく「好まない」連中が仕組んだわな。それに日本全土が陥ろうとしているわけです。
この記事については、一つ指摘できることとして、単なる予測記事ではないかという見方があります。
通信社は契約新聞社に早く原稿を配信しなければならないので、結果が予測できる事件についてはかなり大胆な予測記事を配信することはよくあります。結果が違った場合は記事の訂正を配信したり場合によってはキャンセルすることもあります。 この記事も予定稿であったことは間違いないでしょう。
だから、政府関係者にこの記事を突きつけても答えは「時事は大胆な予測記事を書いたものですね。ははは」で終わりだろうと思います。
しかし、この記事は単純に予測出かけない部分がいくつもあります。だいたいが予測記事はルーチンワーク的な事件とか前例のある事件などではいくらでも予測できるから書けますが、今回のケースは前例もないし、まして「24日未明に追跡断念」するためには、その段階で防空識別圏を超えるなどの状況が必要です。
不審船の速度は記事の出た午後6時49分頃の段階ではまだ時速22キロ程度のスピードしか出していません。その後午後8時に海保が警告射撃をしたところ、速度をどんどん上げ初めて、最終的に時速65キロあたりまでつまり3倍もの速度にまで上げたわけです。そのため巡視船では追いつかないから午前0時50分に海上警備行動を発令して自衛隊に引き継ぎ、24日午前1時19分みょうこうによる警告射撃が行われるわけです。つまり速度を3倍に上げることがわかっていなければ、24日未明に追跡を断念せざるを得なくなることなどわからないはずです。
また、警告射撃も海上警備活動発令後に行われるだろうことは、前例がないわけですからわかるはずもないと言えるでしょう。
従って、この予定稿を書いた記者は、情報を得た政府関係者から相当程度詳細な周辺情報を得ていたとしか考えられず、その情報には海上自衛隊の出動、発砲、追跡断念をも示唆するものであったということです。つまり、23日午後6時49分の段階で、自衛隊を出して追いかけ、攻撃を加えつつ追跡をあきらめるシナリオを示されたと考えるのが一番自然だと言うことです。
気がついたら、このコーナーもまた、全然「息抜き」になってないぞ。うーむ。我ながらしょうもない・・・
また、サイトの構成を考え直したほうがいいかも。
このごろまた、事務所でほとんどの時間を過ごしている状態なので、面白いことなんてほとんど起こらないのだ。土曜日には「報道を考える」というシンポジウム(横浜市南区主催)に行って、ウルトラの父兼ケンちゃんチャコちゃんの父兼あばれはっちゃくの父、山際永三さんと打ち上げで飲んで面白かったんだけど、やっぱりここに書くのもなあ。日曜日は八王子市内某所の珍物件を見てきたのだが、その件については別ページを特設しました。でも、表からはリンクしません。
法施行後初の「脳死判定」が行われた。結局臓器摘出が行われるに至ったようだが、今回の経過はいろんな点で「脳死臓器移植」の問題を露呈させたように思う。詳しくは、別のところでいずれ書くかもしれないが、ここでは現時点でとくに印象に残ったことのみ。
「ドナーの家族」の心理的圧迫はたいへんなものだったろうと思う。家族が突然危篤状態になったというだけでも衝撃的なのに、脳死判定の一連のプロセスに弄ばれるのはあまりにも残酷すぎる。また、普通に考えれば、第一回の法による判定で脳死が否定された時点で、同意は取り消したくなるのが自然だと思う。過程が密室状態なのでわからないのだが、ここで移植推進の医者側から、家族に相当なプレッシャーがかけられたということはないとは思えない。「決断」を手放しで持ち上げる風潮が出てきているのがなんともコワい。
こういう問題は、マスコミのゆきすぎた取材という点にのみ非難の鉾先が向けられがちとなるが、興味本位のプライバシー侵害は論外として、過程に公開性を保障するためにマスコミの取材は十分に保障されるべきだ。けれども逆に、今回の一連の事態を受けて、厚生省の「密行主義」は根拠なく強化されそうである。非常に後味の悪い点だ。
脳死判定での脳死否定のときの一部報道もひどかった。「諸外国にくらべ脳死判定の基準が厳しすぎるのが問題」という論調が大手マスコミに出た。驚くべき安易な論調だ。(さすがに今日の朝刊では、朝日に識者による批判が出ていたし、読売もそういった論調は出していなかったが。)マスコミの一部にでもあれ、このような論調が出るというのは、いかに脳死についての正しい理解が広まっていないかの現れでもある。また、法の欠陥でもあるが、「臨床的脳死」と「法的脳死」という意味不明・概念逸脱の用語がとびかった。こんな状況では、全然「脳死移植」などすすめられる状況ではないことのみが判明したと言わざるを得ない。これは断じて「技術」の問題ではないのだ。ドナーカードが普及しないことをもって、脳死理解が広まっていないことを嘆く風潮がマスコミでは一般的だが、私は逆に、現時点でドナーカードの所持に躊躇することの方を、何も考えないで所持・記入するよりも評価する。現に私も、ドナーカードは所持していない。 (脳死を拒否し、低体温療法などの施術を要求するものは別に書いておいた方がいいかもしれないが。)
最近、コンビニ等にドナーカードが置かれている。とにかくバラマクという方針なのだろうか。それによって確かに記入者は増えるであろう。しかし、今回の一連の事態は、自分であれ、家族であれ、このカードに安易に記入することが、いざというときに本来の苦しみの数倍の不必要な苦しみをもたらす可能性を示した。私は脳死概念自体に反対であるので、今回の事態をみて脳死移植に不安感や拒否感をもつ人が増えることを憂えはしない。当然のことだと思う。
マスコミは下手な自己批判だけではなく、移植医療の持つ不透明性と役所の密行主義体質を暴露するのにエネルギーを使ってほしいものだ。
私の好きなページのひとつの「悪徳商法マニアックス」というサイトがある。世間にはびこる様々な悪徳商法に関する情報を集積している。といっても、被害対策というより、奇想天外な商法や体験談ネタで楽しむという余裕のある態度が基調なのが特色。でも、このサイトのおかげで救われた人も多いようだ。
さきほど、そのサイトの「トピックス」を見ていて、ちょっと目を疑うような記事があった。そのページに、東京都の消費生活センターが発行した冊子の内容が掲載されていた、として、同センターがサイトの置いてあるプロバイダに削除依頼をし、プロバイダがその部分を閲覧不能にしたというもの。
この文書は、悪徳商法問題に取り組んでいる弁護士から、サイトの作者に送られたもので、善意から公開していたという。実際にそうなのだろう。それに苦情を言って削除させるとは、東京都の消費生活センターとは、いったいどんな神経をしたお役所なのだろうか? 都の納税者のひとりとして大いなる疑義を呈したい。
そもそも、税金で作られた冊子なのだから、公文書のようなものであろう。そのような文書に著作権が発生するとは考えられない。(詳しい方、このあたり御教示いただければ幸いです。)仮にそういうものが発生するとしても、むしろ、広く知らせて貰えて感謝すべきところであろう。
サイトの作者も言っているが、そもそも直接文句を言わずにプロバイダに圧力をかけて潰させるというのも大した神経である。この役所は何かと評判が悪いようだし。(国が運営している同種の団体にくらべても。)
税金の無駄遣いをする役所ならそちらのほうをとっとと潰して、都税をまけてほしいものだ。
土曜日には、ネット知り合いのみなさんに御会いできてよかったよかった。---
休日、自宅で休養。ひたすら、うつらうつらしているのは至高の快楽とも言える。というわけで、絶好の行楽日和の日曜日、惰眠をむさぼっていると、「ピンポンピンポン!」とドアチャイムが鳴る。
眠りを中断され、憮然たる思いでまた眠ろうとすると、またもや「ピンポンピンポン!」。なにかわめいている声も聞こえる。同じ階の各戸すべてを鳴らしまくっているようだ。
こういう場合、ドアを空けてみたら七福神であった、というようなことは滅多に、いや全くない。90%以上、一方的なセールスだ。(ほとんどが新聞勧誘か、宗教・占い関係。)残りの可能性は書留郵便や宅配便だが、そういう場合は紙を置いていくのであとで取りに行くなり連絡すれば良い。(予期しない宅配便のケースはいままで2年間で皆無。)だから、私はチャイムを一切無視することにしている。
しかし、あの音は実に心臓に悪そうだ。ちょうど、チャイムの場所が横臥する私の正中線の延長上とでも言うべき場所にあって、従って必要以上に音に直撃されるような気がする。ひとことで言ってうるさい。
そこではたと思い付いた。「チャイムがうるさいならばはずしてしまえほととぎす。」
チャイムには蓋が被さっているが、螺子回しで開けてみて構造を調べてみた。すると、舌状の金属片がバネに繋がっており、ボタンを押すとその舌が左右に動き、共鳴体というか発音部分の金属に当たる。左右に連続して当たると両方の音が共鳴して、チャイムらしい妙なる響きを発する。
この舌を引っ張って、向きを90度変えてやった。
これでチャイムは、いくらボタンを押しても「フタ、フタ」と間抜けな音しか出さなくなった。これなら眠りを中断されることもない。
私はふたたび横臥して「フタ、フタ」を待ったが、もうセールスは来ないまま日が暮れてしまった。
セブンイレブンの「のり弁当」は個人的になかなかのヒット。ローソンの「肉じゃが弁当」といい、コンビニ弁当の流れが変わってきたようだ。***
昨夜の集会後はちゃんと赤坂の『魚民』という居酒屋の座敷が確保されていた。ただ他のお客さんも同室だったので全体のお話などはなく、個々のテーブルで盛り上がる。なんか本集会が御葬式みたいな静まりぶりだった反動か、二次会は各テーブルで談論風発、盛り上がったみたいです。まあ、こういう機会じゃないと会わないような人どうしが多いだろうから仕方ないか。でも初めて来たような人でも入れるような雰囲気だったかな?
それはともかく、私は大住さん、旧友たる某通信社の某記者などとともに楽しく飲みました。また、ずっと隣にいたのがこれまたおひさしぶりの天野恵一氏(評論家、活動家、古書店経営)。天野さんはけっこう御機嫌で(酒のおかげか)、いろんなお話をしてくれた。(大部分がとてもここには書けないような話しであったが。)天野さんの新著を購入させられる。「厳選館」で扱うかどうか検討することにした。
同じテーブルにはY新聞のY記者と、有名弁護士K先生も。Y記者は自社批判のおかげで、現在の職場は「メディア企画局データベース部」なる部署とのこと。ここの部署はY新聞の歴史的な記事の要約とパソコン打ち込みとかで、同室の方々はみなさん一旦定年退職されて嘱託採用された御老人ばかり。(Y記者はまだ50にもならないぐらいの「若手」。)いまやっているのは日清戦争あたりの記事の打ち込み。くる日もくる日も単調な作業で・・・というような話しを切々と(?)Y氏がされていたのに対し、それをじっと聞いていたK弁護士がうなずいて一言、
「うーん、もしかしたらYさんって、『左遷』されたんじゃないの?」
これにはY記者も一瞬二の句がつげなかったようです(笑)
前回の日記はいきなり文体が変わっているぞ。謎。
ところで、突然だが48時間絶食ということをしてみた。別にそういうことをするつもりがあったわけではないが、月曜日に一日、ダウンしていたら、夕方頃になって「今日は何も食べていないが、食欲もない」ということに気がつき、思い付きでその日一日何も食わないでいようと決めた。そしたらとくになんともなかったので、翌日も続けてしまったということだ。
結論からいうと、48時間ぐらいものを食わなくても、別にどうってことはないみたいだ。
あと1日ぐらいできそうだったけど、やめておいた。あまり無理するとリバウンドが怖い。二日間ぐらいの断食ならばいつでもOK、というような余裕を持てたことが大事なのではないか。その後も、とくに空腹感が募っているということもない。
これで、いつでもハンストOKである。(笑)
ちょっとインターネットで「断食」というものを調べてみると、けっこう「断食療法」というものがあることを知った。ただ、ほんとうは医師などによるちゃんとした指導のもとにやらないと危ないそうだ。(療法としての断食は、3日間完全に断食し、その後3日間に少しずつ元にもどしていくので、約1週間かかりっきりになる。)そういう療法を行っている施設が伊豆高原にあるそうで、ちょっと興味をもった。1週間休めるならば、こんどそこに行ってみてもいいかなと思った。宗教的なものとは無縁なようだ。
断食あけに、5勺の米で薄いお粥を作って梅干しと納豆で食べたが、その半分で満腹になった。納豆の豆の1粒1粒に、いままで感じたことのない微妙な美味を感じた。ただ、断食明けの朝はあまり爽快ではなかった。異様に身体が重く感じたのが意外だった。また、多少下痢ぎみになってしまった。やっぱり、急にそういう変なことをすると、内臓は異常反応するのかもしれない。風邪の症状にはまったく関係がないみたいであった。風邪は少しずつ良くなっているみたいだ。
風邪です。河上イチローさんが、「アロマテラピーがいい」と書いているので、まねして近くのハーブショップでティートリーの精油を買って来て(ハーブショップなどに入るのは、ちょっと恥ずかしかった・・・)ためしてます。熱湯で蒸発させたものを嗅いだりね。鼻がつまりぎみで嗅覚が鈍っているので多少もったいない。この油の殺菌力はクレゾールの4倍とか(値段は高いんだけど・・・10ccで3000円くらい)。あと、漢方薬とうがい薬。アロマとうがい薬はウイルスの殺菌に効くはず。なんか症状が軽快してきたような気がします。
会社の隣が医者なんですが、木曜日から事実上の4連休みたい。それで「もう西洋医学には頼っていられない」とばかりにこのような対処をしているというわけですが、そんな間違ってはいないよね。
でも遠くに出かけるような元気はまったくなし。
明日は厳選館を更新したい・・・
とりとめなくてすいませんでした。風邪なもんで。
ぼくの年上の友人の「つーた」さんから、以下のようなおたよりをもらった。昨年末にここに書いた文章が「琴線に触れた」ということだ。ちょっと長いけどほぼ全文を引用させてもらうことにする(転載は許可されている)。愛と人権について
確かあのポスターのコピーは「愛が人権を守る」とかいうのだったっけ。
ぼくはそこをあえて防衛したいと思う。
人権を守るための基本的なモチベーションは人権を侵害された人の痛みを共有することから始まるんじゃないかと思うからだ。理性でドライに「だから人権は守られなければならない」というふうに考えて人権侵害に対する怒りは湧かないんじゃないかと思うから。何が人権を守るかといえば、それがシステムであっても、そのシステムを支えるのは人だし、その人のモチベーションは「やさしさ」とも呼べるだろうし、花崎流なんだけど、人類の類としての共同性、それを愛って呼んでもさしつかえないんじゃないかと、ぼくは思ってる。
アジアを旅して花崎が感じたと「生きる場の哲学」で書いてる同じ感覚をぼくも味わった。それは、とっても心地よかった。隣の人が痛いというのを共感する能力、貧しさの中でのわかちあう気持ち。だから、ぼくは今、脱開発を語るときも、人権を語るときも、そのバックグラウンドとしてのスピリッチュアリティってのがとっても気になる。もしかしたら、必要以上のセンチメントなのかもしれない。
そして、そういうバックグラウンドを持って権力と向き合ってる人を見ると、すごく惹かれる。マザーについて、ぼくもそんなに詳しくは知らない。カルカッタでは、2ヵ月くらい彼女の団体の敷地の一角で居候していたのだけど・・・。確かに彼女の基本的なモチベーションは神への愛なのだと思う。だけど、それは「人間が好き」という気持ちを宗教者として普遍化したものなんじゃないかと思うわけだ。
カトリックに唾棄すべき点が山ほどあることは、もしかしたらKJさん以上に知ってるかもしれない。でも、素敵な人も多い。あんまり知らないぼくが言うのはどうかと思うけど、彼女はその素敵な方のひとりだとぼくは感じてる。だから、あのポスターはぼくはけっこう好きなんだ。というわけで、このKJ師の文章がぼくの琴線に触れて、このメールを書くに至ったわけだ。
ついでに青い芝の「愛と正義を否定する」ってスローガンだけど、ぼくにはインパクトのあるレトリックとしか思えない。障害児を殺す親を擁護する社会を告発する彼らに対するシンパシーの根っこにはやっぱり、とてもウェットな感情があるんじゃないかと思う。ぼくには青い芝こそ、どろどろしたウェットな感情に根ざした運動だと思うし、だからこそぼくは好きだったんだけどね。(ちなみにここでは、たぶん今も残ってる青い芝はあんまり想定してない。)
「愛が人権を守る」なんて、確かに能天気(脳天気?)かもしれない。でも、それでいいんじゃないかと開き直りたくなる。はたして、「システムが人権を守る」んだろうか。
どうも、この2項対立の図式が不毛なんだね。自分以外の人が人権を冒されることへの怒り、それを防ぐためには確かにシステムが必要な部分もあるだろう。とりわけ、国家や権力も持ったものが他者の人権を侵す場合には。しかし、個人やプライベートなセクションが人権を侵すことも少なくない。
親による障害児殺しは、そのいい例だよね。それを擁護しようとする人がいて、それを糾弾する人、そして、両方にシンパサイザーがいて、そこではいろんな感情(愛を含む)が交錯している。ぼくもその親は糾弾されるべきだと思う。そこで問われてるのは、自分だったらその親とどう向き合うかっていうことじゃないかと思う。減刑の署名にサインするのも、減刑署名に反対する署名にサインするのも、そんなに難しいことじゃない。
だけど、子を殺すのは違う。普通は軽い気持ちで子を殺せない。何がその親を子殺しに走らせたのか?その回りの人間、そして社会、他の誰も親が子を殺す前にフォローできなかったのか。その社会を構成している構成員として、それでも親を告発、糾弾しなくちゃいけないと思う。
愛には確かにいろんな形がある。でも、ぼくはそれはどんな障害があろうとなかろうと、生まれてきたいのちをいつくしむことだと思う。ぼくは他者のいのちをいつくしむことの出来ないことを愛とか人情とかよびたくはない。ひとがひとのいのちを大切だと思うことは、やっぱり愛だと思う。そういう意味でぼくは愛が人権を守るというのを否定したくない。
行政サイドの人権啓発で愛を語られることへの反発はわからないでもないが、それは愛に問題があるんじゃなくて、愛を語りながら愛がないことが問題なんじゃないだろうか。
人権を無視した障害者施設を黙認し、例えば障害者を虐待し続けてきた大久保製ビンへ感謝状を贈り、それを指摘されるや、会社に対して「新聞社から取材があったら返還を要求されていることにしてくれという労基署などの行政、そんな行政が人に愛を押し付けるなとぼくも言いたくないわけじゃない。でも、やっぱり愛がなくっちゃ始まらないって言いたかったわけです。
疲れたのでこのへんで。じゃあね。
ぼくは、あのポスターに「限界」(コトバの限界)を感じとった。いっぽうでつーたさんは、あのポスターに、「可能性」(コトバを超えたなにか)を見い出しているのだと思う。
つーたさんの言っていることは彼の体験に裏打ちされた実感に基づいている。何が言いたいかは、共感のレベルでよくわかる気がする。つーたさんのバックにある「やさしさ」がわかっているからだ。
ぼくはあの文章をさらしたときに、これを実際に人権擁護のためのなんらかの具体的な活動に従事している方が読んだら、きっとあまりいい気持ちはしないだろうな、と予想していた。でも、ぜひそういう人からの意見を聞いてみたいと思った。つーたさんは、「愛」を「人権」という言葉とともに語ることの重みや、その意味を、生の現実(キレイなことよりも、むしろどろどろした、醜悪な現実も多々、見てきたことだろう)に即して語ることのできる人だと思う。だから、彼から意見を貰えたことはよかった。
一方で、ぼくがつーたさんの言うことを素直に受け取れるのは、やはりぼくがそれなりにつーたさんの人となりを知っているからだと思う。つーたさんが訴えている他者の命へのいつくしみや共感としての「愛」は、しかしながら、片々たるコトバや、まして一枚のポスターで、いったい相手に、そんじょそこらの人々に、伝えることができるのだろうか。
つーたさんが、アジア各域を放浪して、相互共感の範囲を広げていったように、日々の少しずつの活動によって、 「お互いに生きる場」としての『共感圏』を作り上げていくことの意味は、放棄したくない。長い目でみればそのようなことが、人権の社会的な内実を豊かにしていくものだろうとは思う。
でも、どうもぼくには、世間にばらばらと散在している「愛」には、えてしてある種の守られるべき「人権」を否定する方向に働く傾向が含まれている、と思えるのである。ぼくにとっては、わけのわからぬ愛もかなりあるようなのだ。「愛」がなければ始まらないにしても、「愛」があれば大丈夫、とは言えない。どんな「愛」が人権を豊かにするのか、それをはっきりさせなければならないのではないか。
いっぽうで、システムとしての「ドライな人権」を「啓発」するのも、やはり困難なことではあろう。世の中、理屈では動かない、説得できないことはわかっている。だから、その点で「『愛=人権』なんて図式を捨て去れ」というのは、無理な注文だったかもしれないとは思う。
そうではあっても敢えて言いたいのは、やはり「人権」という概念は、とても「共感できない」「愛せない」ような対象にも、感性よりも理性のレベルでもって、適用させなければならないものだということである。こういう価値観というのは、幼稚園ぐらいで、原初の「理性」の形成期の段階にて、「当たり前」のこととして教えるようでないとダメなのではないか。そういった類いの問題だと思うわけである。
スピリチュアリティということを訴えたい気持ちはわかる。でも、それは難しいよね。難しい、といってすましてしまうわけにはいかないところが問題なんだろうけど・・・
自分の語る「人権」という概念の狭さ・不十分さは指摘されてもいたしかたのないところだと思う。以前の文章にしても当分、正式な稿にはできそうもない。つーたさんの考えるであろう、いわばあったかい(ウエットな)人権というのも、なんらかの形で「宣揚」しなければならないのだと思う。ただそれは「人権」という概念では多少語りづらい。自分としては、いろんなところで、自分が積極的に「是」としたい価値観を語っているつもりではあるし、また今後も語るつもりである。
他人の自由権etcを侵害する行為は犯罪となりうる。その場合まず回復されなければならないのは言うまでもなく「被害者の人権」であろう。犯罪行為自体に即して考えたときには「加害者の人権」は問題になりえない。
「加害者の人権」が視野に入ってくるのは捜査権力が介入し、とくに加害者に強制捜査がなされて以降の話しである。
もちろんこの時点においても、被害者の人権は損なわれてしまったままであることもあるのだが、そして刑罰というのは、加害者の「人権」(自由権)に制限を加えることによって、失われた被害者の人権とつり合わせるという意味合いがあるのであろうが、そうであっても、加害者が権力の強制下に制圧された後は、その時点で保障されるべき「加害者の人権」そのものは絶対的なものと考えなければならないのではないか。(註:ここの最後の部分だけを引用しないように)
「加害者の人権 > 被害者の人権」などということ、そういう主張は論理的にありえないし、そういう図式が当てはめられること自体が不当であるはずなのだが、「加害者の人権」(弁護を受ける権利、黙秘権、保釈権、獄中で人間らしい取扱いを受ける権利、正当な裁判を受ける権利など)が、法で認められた範囲内で主張されたときにも、そのときには本来対置しえない「被害者の人権」を無理矢理に対置させて、法的に有効な主張を覆いつくそうとする暴力が、マスコミの事実上の協力で加えられている。法務大臣がそれを後押しする。
恐ろしい国である。
仕事始め。調子が乗らない。
取引のある信金の担当者が代わるということで、新任の人を連れて挨拶まわりにきた。お正月テレビを見ていて、前任者がネプチューンの名倉になんだか似ていると思っていたのだが、指摘しそびれてしまった。新しい担当者とも仲良くしたい。
詩林堂正社員A君の髪の毛の色が新年からバイオレット(?)に。この間までは金髪であった。ときたま変わるので見ていて楽しい。バンドの人みたいである。(実際エレキギターを担いで歩いているけど・・・)
えっと、ちょっとここにふさわしくないかもしれませんが、少し寝かせるために以下の文章を置いておきます。まだ未完成な感じです。
「人権=愛」なんかではない
先日、駅貼りの「人権啓発ポスター」に、マザーテレサが大きくあしらわれていた。そして「愛と人権」というようなキャッチフレーズが書いてあった。いかにもありがちな構図とキャッチフレーズだ。
しかし、なぜ、マザーテレサで、「愛と人権」なのか。
マザーテレサの救済活動は、異教徒の地でのキリスト教の布教を明確な目的とした活動にほかならない。しかも、そこで説かれた「愛」とは、「人権」とイコールにおかれるようなものなのでは決してなく、宗教的な、「神の愛」なのである。
マザーテレサは、その活動の正当化や宣伝のために、「人権」などというものをかかげなかったであろう。であるならば、「人権」の側が、勝手にマザーテレサや、その説くところの「神の愛」を宣伝材料に使うのは、一種の身勝手な簒奪行為とされても仕方があるまい。
それにしてもここには根本的な「勘違い」があると思う。それはいったい何なのかを考えてみる。
そもそも、「人権」を「愛」とともに語ろうとするところから間違いが始まる、と私は思っている。「人権」とは、いわゆる「愛」のようなどろどろにウエットな概念ではなく、もっとずっとドライな概念ではないか。少なくとも、我々の「通常の皮膚感覚」とは合致しないところがあっておかしくないのだ。
「人権」(human rights)の概念の発達は、近代ヨーロッパにおける、国家権力に対抗する「個人主義」の尊重思想と密接に関わっている。国家権力のやることは、そもそも疑わしいから、とくにそれが個人の身体(その延長としての財産)の自由に好き勝手な蹂躙を加えることを徹底してコントロールしようということである。国家権力による個人の身体への蹂躙を拒絶する権利が「人権」であって、それは人間であるならばだれでも等しく適用されるということである。この適用によって多少不都合があっても、大局的には全体にとっては利益がある、ということを近代ヨーロッパ人は確信していき、それを普遍の概念と考えるようになったのである。
「死刑」が人権侵害にあたるということは、従ってヨーロッパでは論理必然的な常識である。なぜならば、生命を国家が奪うこと以上に、避けるべき人権侵害は存在しえないからである。ごく近年に、フランスが死刑を廃止した際、世論の大多数は死刑を廃止すべきと思っていなかった。しかし比較的あっさりと、議会で決定された廃止は受け入れられた。つまり、フランス人は「人権」が、たとえ皮膚感覚と違っていても、それを尊重することが利益になるという理性を持っているこということである。
そのフランスの近代の理念のひとつに、「博愛」というものがある。「友愛」といっても良いであろう。しいていえばこれが人権概念の理念的な裏打ちになっているとも言えるが、このいかにも翻訳的な理念はおよそ「日本的」とは言えない。「風土」に馴染んでいない。日本で、「博愛」や「人類愛」といって感覚的に納得できる人がどの程度いるであろうか。
しかしそれでも「人権啓発」ポスターには平気で「愛」が語られる。(しかも選ぶにことかいて「神の愛」である。)この杜撰さ、不用意さ、思慮の浅さはいかんともしがたい。「愛」があれば「差別」が克服できるのか。「愛」があれば「人権」思想が普及されるのか。
日本のような感情と感傷の過多な精神的環境では、「人権」という概念の普及には大きな妨害がつきまとう。明らかな報道による人権侵害や、監獄における虐待的な処遇や、死刑の反人権性といった問題を指摘するだけで、「加害者に人権なんてものはない」「被害者の人権をどうするのか」といった悪罵が投げ付けられる。
これは単に「一般人の無知・無理解」で済ませられる問題ではない。人権を語る側にも、不用意さがありそれを自ら認識していない側面があるからである。
「被害者のことを思い遣る気持ち」みたいなものは、決して軽視していいものではないであろう。しかし、それをもって「被害者の人権はどうなる」と言わせてしまってはいけないのである。そこで言及されているものは、何か守るべき利益であり価値観であるのかもしれないが、あくまでもそれは「人権」という、はっきり限定された概念とは違うなにか別のものである。
さらに「人権」が「愛」とはむしろ背反する例をあげてみる。
日本においてかつて障害者差別問題を鋭角的に浮き上がらせた当事者団体「青い芝の会」は、その綱領にこううたっていた。われわれは「愛と正義」を否定する
これが何を意味するか。容易には了解しがたいであろう。しかし、このテーゼは、安易に「愛と正義」というコトバによって修飾された、しかし「健常者」側からの一方的なまなざしの拒否として、大きなインパクトを与えた。
「青い芝の会」の活動の先鋭化は、「親による脳性マヒ児殺し」への「減刑嘆願運動」への反対運動として表現されたものがその端緒であった。
ここで、「かわいそうな障害児」を(無理心中未遂のすえ)結果的に殺害してしまった「親」の行為は「親としての愛」によるものとして「減刑」を求める心性が形作られており、マスコミはそれを煽り、誰もが当然のことと思い込んでいたのである。
「青い芝の会」が、「愛」を否定したのはそういう具体的な背景があってのことであった。「愛」は一方的なまなざしでしかない。「愛」は殺した側の論理だけをここでは擁護している。「愛」は障害者殺しの思想の根幹である。
従って障害者たちは、みずからの「人権」を守るために、「愛」を必然的に否定せざるを得なかったのである。
さらに別の例。「下町」は「情愛」が豊かだとされている。「寅さん映画」などに典型的に描かれる情愛に満ちた人情の機微の世界。
しかし、これは事情をわかっている人には自明だと思うが、下町ほど露骨に差別的な感情がはびこっているところはそうないのである。
東京の「下町」における陰微な地域差別。下層労働者差別。はじめて「ホームレス」をたたき出した青島知事は「下町の人情」に溢れた人であり、かつ露骨な差別主義者でもある。
これらは我々のもつ「自然」な「情愛」と同居する、明らかなマイナス面である。こういった点をわきにおいて「人権=愛」という図式を信じるのはまったく能天気な話しである。「人権」思想は、こういったマイナス面を撃たなければならない。そのためには「人権=愛」図式を直ちに排さなければならない。「人権啓発」関係者はよくそのあたりを御検討願いたい。
ところで、なぜ我々は、「不自然」かもしれない、歴史的にも地理的にも本来限定された概念として出発した「人権」を受け入れなければならないと考えているのか。実はこの問題は非常に難しいと思う。
これは、国際的に標準化されたさまざまな基準を「なぜ受け入れなければならないのか」と問うことと似ているのではないか。標準化はほとんどが欧米が中心になって行われるが、それを受け入れた方が何かと都合がいいから受け入れるという面もあるし、事実上強制されているという側面もある。
人権という概念も、一種のグローバルスタンダードであるのではないか。そこで日本は、それを受け入れるという選択肢をすでに選んでいる。そうである以上、それに背反しないように内外から監視を受けるのは当然だし、実装(インプリメント)に不備があったら非難を受けるのは当然である。
今日は事務所の大掃除、これから始めます。大掃除といっても多すぎる荷物がなくなるわけではないので、あいかわらずむさくるしい状態で新年を迎えそうですが、まあ気持ちだけでもということです。インターネット毒物通販事件でマスコミが大騒ぎ状態になっていますね。「ニュースJAPAN」(CX系)に、電子メールで情報提供があったということで、木村太郎があいかわらずのしたり顔で、「このメールにしても、南アフリカのサーバ経由で届けられており、差出人の身元はわかりません。こんなところにも見られるインターネットの匿名性が問題です」などと言っていたが、昔からある郵便の方がよっぽど手軽に完璧な匿名メールを送れるわ! まったく、インターネット絡みだと、わざととしか思えないぐらいの痴呆的な報道が横行するのはいったい何故? ちなみに木村太郎はノートパソコンに向かって何をやっているのかな?(笑) まさかインターネットじゃないよね。
ちなみに、今回の報道での朝日新聞は「迷走」状態。「天声人語」(26日)は痴呆、「社会部高田署名記事」(27日)は(インターネットへの)「攻撃性むき出し」(笑)、いっぽう「社説」(27日)はなぜか良く練られていて比較的まともな内容。asahi.com でメールでの情報提供を求めたりしているところが新味か。浅野健一さんが指摘しているように、「人権派弁護士」というのはマスコミの用語で、本人達や関係者はそんな言葉を使いません。「反人権派弁護士」なんているわけがないもんね(・・・と思うけど)。ただ、安田さんたちがいわゆる人権活動に多大な時間と労力を投じていることは事実で、「人権活動に熱心な弁護士」というのは正しい表現でしょう。人権活動とは、批准して法として機能している国際人権規約の諸条項を具体化したり、未批准の条項の批准のための努力を行ったり、国連の規約人権委員会に国内の人権状況の報告をおこなったり、といずれにしても国連の枠内の活動で、「左翼活動」ではありえません(笑)。「左翼が熱心にやっている」のは悪いことではない。中道だって右翼だってやればいいのです。現に死刑廃止議員連盟の有力会員は「タカ派」保守だったりするし。
安田さんがリーダー格である「死刑廃止フォーラム」は「左翼団体」か? 「右翼団体」じゃないことは確かだね(もっとも、鈴木邦男さんが集会に来たことあるけど。廃止派らしい)。「団体」といってもいろんな主義主張を持った(あるいは持たない)個々人の連合体にすぎない(全体には「一致点としての死刑廃止」があるだけ)というのが実態といえるのではないでしょうか。そんな、世の中「・・党」や「・・派」の御用団体ばかりではないのだよ。
いつのまにか、キリスト教の教祖の誕生日の前日になってしまった。この時期は、繁華街に出ることを意図的に避けるようになってしまった。でも、最近は不況のせいで、以前ほどの大騒ぎはなくなってきたみたいだ。
6年前に行ったマニラのクリスマスは良かった。クリスマスといっても12月初旬だったのだけど、世界でもっともクリスマスシーズンが長いといわれるフィリピンだけあって、12月に入ったら完全にクリスマス気分に浮かれている。みんながうきうきしているのがわかる。その当時まだあった、トンド地区のスモーキーマウンテンの人々も、けっこううきうきしていた。
どうやっても虚飾の感がぬぐえない日本のクリスマスにくらべて、正月は結構好きだ。1999年の正月はなんとか無事に迎えられるだろうか。2000年はわからない。別の意味で楽しみでもあるけど。
年末は大掃除とか年賀状書きとか、やらなければならないことが結構ある。けど、なんも進んでません(笑)。ゴミの最後の収集日が28日だそうなので、大掃除は27日かな・・・
27日はそういえば、「銭湯利用者協議会」の『反資本主義・反新自由主義(アンチ・キャ、アンチ・リブ)』を掲げた「無産大衆連合結成に向けて」(なんか、センスが大正時代・・・)とかいう集会があるそうだ。あかねでペペ氏に誘われた。でも当日会場に行って受付で身分を尋ねられた際に「社長なんですが・・・」などと言ったら「資本家なんぞの来るところじゃな〜い!!」ってたたき出されるかも。でも銭労協は要注目の団体。
その「あかね」で土曜日の夜中に署名活動を展開。7名もの方々が署名してくださった。感謝。でも、必ずしも問題性が一般的に理解されているわけではないことも痛感した次第。マスコミの力はやはり強い。
まったくの初対面の人も2名署名してくれた。最初、鬱々として楽しまない様子で酒を飲んでいるので、この人からとるのは無理かなあと思っていたのが、ペペさんが来て一緒の会話をすることができたのがきっかけで署名してくれた。つい先日、勤めていたエロ本出版社をいきなり解雇されたのだそうで、失業したばっかりでは楽しまないのも当然か。彼は「所属(職業)」の欄に、でっかく「無職」と書いた。
きのうのつぶやきで、ふたつも間違えてしまった。宮崎さんの新著名は『突破者それから』で、映画の題名は「トゥルーマン・ショー」でした。黙って直しちゃえばいいのかもしれないけど。ちなみに「・・・それから」というのは「続・・・」よりもずっといい題名だと思う。そういえば唐沢俊一さんの本で、続編に「・・・の、ぞく」とつけたものがあって、あれは笑った。
社長日記をお読みになって、「厳選館」が社名だと考える方が多いと思う。というか、ほぼ全員がそう思われるようだ。あんなページの真上にロゴがあると、あれが題名と思われても仕方がないが、「厳選館」は我が社(詩林堂)の1プロジェクトのブランドネームで、あのロゴは実は宣伝に過ぎません(^^;)
でも、別に害のある誤解ではないので、そのまんまにしてますが、ここをお読みになった方は、我が社名が「詩林堂」であることを御認識いただければ幸いに存じます。
「厳選館」の閲覧者もおかげさまで増えているのだけど、オーダーにはなかなか結びつかない。とほほ。
社名というと、ウイークリーマンションで有名なツカサが、以前「ヨンヨンマルマルサンサンサン」とかいう社名で展示会にブースを出展していた。それが正式名称なのだろうか。法務局とか銀行とかで、「ヨンヨンマルマルサンサンサンさ〜ん、印鑑証明です」なんて呼ばれたら、みんな注目するだろう。
昨日、都心部に行ったついでに宮崎学さんの新著『突破者のそれから』購入。さすが、平積みだった。電車内で途中まで読んだが、やはり面白い。『突破者』ほどの内容的なダイナミズムはなさそうだが、今回のはむしろ経済学の裏の本という印象である。「併読をお勧め」という、文春新書の『マネー敗戦』も読み進める。すごく明解で面白い。
Webやぎの目で推薦されていた、67歳の「禿爺」(自称)のサイトが、めちゃくちゃ面白い。このサイトの一本筋の通ったテーマは、「自分のハゲへのコンプレックス」、これがすべてだ。世界がすべてこの事実を中心に回っている。
大岡みなみさんが書いていた「トゥルーマン・ストーリー」という映画、観てみたいと思った。そういえば、全然映画に行ってない。去年の末に観た「MIB」が最後だったが、あれは機内上映だった。
海渡雄一さんが「安田さんは女性にもててうらやましい」とか言っていたけど、あの集会で「夫婦」で壇上にのぼったのは海渡さんと福島さんぐらいだという事実をみんな知っていたのだろうか。
棚からボタモチのようなことってあるものだ。(カネになる)仕事がないな〜困ったな〜と念じていたら、1年前にやったローカライズ仕事のバージョンアップが。日本側の会社は替わったのだけど、買収された開発会社の担当者が、わざわざ弊社を名指しで、仕事をさせるようオファーしてくれたらしい。ありがたいことです。
きのうの集会で、ビシさんに会えるかと思っていたのだけど、なにせ人数が多すぎて見つけだせず。それらしい人を一瞬、見かけたのだけど集会の途中だったので声をかけることもできなかった。終わったあとも少し探したのだけどいなかった。いずれ、横浜で飲みましょうね。
「一言」でも書いたのだが、Webやぎの目が面白い状態がずっと続いている。とくにやぎコラム。どこでああいう面白い発想が出てくるのか、不思議だ。あのサイトは個人ページの理想形だと確信している。
黙ってひとのページをpeepしている君、たまには電話かメールでもするように(笑)。