追いつめられる弁護士業

安田弁護士逮捕に見られる翼賛体制

(「京都大学新聞」第2238号/99年4月1日発行に掲載)

安田弁護士逮捕の経緯

 一九九八年一二月六日、警視庁捜査二課は、第二東京弁護士会所属の安田好弘弁護士を、強制執行妨害罪との名目で逮捕、翌日、住宅金融債権管理機構(当時)は、安田さんに対する告発を行った。
 起訴状などによると、安田弁護士は、一九九三年に、顧問先の不動産会社の債権者である住専各社による差押え(強制執行)を免れるため、不動産会社所有の建物の各テナント賃料の振込先を「ダミー会社」へと変更させ、「賃料債権」の差押を妨害したことをもって財産を隠匿したという被疑がかけられている。
 三月三日の初公判以来、既に三回の公判が開かれている。安田弁護士は、逮捕以来、既に四カ月以上も拘束されており、再三にわたる保釈請求も却下されつづけている。

住管機構のとった不可解な行動

 旧住専の債権回収は、現在、住管機構を引き継いで四月に発足した整理回収機構(日本版RTC、中坊公平社長)を中心に「国策事業」として行われている。この回収事業の大きな特徴は、回収困難とされた案件に対しては積極的に刑事告発を行うこと、そのために多数の弁護士を含む法曹関係者を機構の幹部役員に登用しているということである。安田さんに対する逮捕の「翌日」に住管機構が刑事告発を行ったことにより、安田さんの事件は「国策」による住専債権の回収事業のモデルケースとされた観がある。
 しかしながら、実態としては、この住管機構のとった行動は不可解だ。昨年後半から、安田さんは顧問弁護士として、住専の債権を引き継いだ住管機構との間で返済の話し合いを行っており、住管機構への返済計画は十分に整っていた。しかし、住管機構はその交渉を自ら中断して、安田さんへの刑事告発を強行した。しかも、今回の起訴事実にある賃料債権については、住管機構はいっさい、当事者ですらないのである。自らの債権の回収事業とは無関係な告発を、なぜ住管は敢えて行ったのか。
 住管機構の中坊社長は、実際は同僚弁護士の告発には消極的だったと言われる。しかし、結果としては「事後告発」となった。住管機構の業務に欠かせなくなった「刑事告発」への今後の非協力という「脅し」が、検察からあったとも言われる。

裁判の争点

 ともあれ、現在の焦点はすでに開始された裁判の争点とその行方だ。安田さんが、記事の冒頭で述べたような「賃料債権隠し」を行って強制執行妨害をした、とする検察の主張に対し、弁護側は以下のような論点をもって反撃する。

(一)振込先移転は「強制執行妨害」にあたらない
 検察の論拠は、賃貸人の地位が「ダミー会社」に「仮想譲渡」されたことにより、賃料の全額が隠されたとする。しかし、振込先の子会社は事務所も構え、役員構成も明確な実体ある会社であった。したがって賃貸人の地位移転は「真実のサブリース契約」にあたり、仮想譲渡ではない。

(二)抵当権の登記変更はないので強制執行はできる
 住専各社が設定していた物件への抵当権は、当然維持されており、従ってその物件の果実である賃料への差押もすることができた。賃料の振込先を変更したとしても強制執行を妨害することはできないので、強制執行妨害の主張は不能犯にあたるとする。

(三)そもそも時効が成立している
 強制執行妨害罪の時効は三年である。検察が指摘する賃貸人移転行為は一九九三年の行為であり、仮に検察の主張する仮想譲渡の事実があったとしても時効が成立している。検察のいうように、最近まで賃料振込が続いたので時効が成立しないとすれば、賃貸物件についての強制執行妨害罪の時効は事実上成立しなくなってしまう。実際、本来ならば検察は強制執行妨害の要件である「仮想譲渡」で起訴すべきであったが、これは明らかに時効であるためにできなかった。そこで毎月賃料が振り込まれたその度ごとにその賃料を「隠匿」したとして起訴した。ここには明らかに無理が生じている。

 それぞれ、強力な反論趣旨と言える。特徴は、弁護側が「事実関係」については、争う姿勢を見せていないことだ。これは、証拠隠滅のおそれにより保釈を認めるべきでないという検察の主張を無効にするという意味もある。

行われない保釈

 しかし、裁判所は不当にも保釈請求に応じようとしていない。本来、保釈は権利として認められているもので、逃亡のおそれや証拠隠滅の明らかなおそれがない限り速やかに行われなければならないものである。しかし、現在の日本の司法世界では、「被告人が否認している限り保釈を認めない」という法外な慣行がまかり通っている。この場合、保釈は検察側が立証を終えてからということになる。
 検察は多数の証人申請を行っており、弁護側は公判期日の積極的な指定を目指しているものの長期化が懸念されている。そもそも強制執行妨害罪は、最長でも懲役二年、罰金刑も規定されているという「微罪」である。それなのに長期間の勾留を行うことは事実上の刑罰であり、むしろそのあたりに検察の目論見があるとも考えられる。

弁護士活動の制圧

 この事件の報道を通じて一躍有名になったのは、安田弁護士がオウム麻原被告の主任弁護人を勤めているということと、死刑廃止運動など、人権擁護の分野での社会的活動において活躍している弁護士であるということだ。
 安田弁護士の逮捕・起訴が、これらの事実と無関係であると考えるのは難しい。現に、東京地裁は機を見計らったかのように、麻原主任弁護人を「解任」するという挙に出た(結局、私選で再選任されることで弁護団が反撃したが)し、死刑関係で言えば、安田弁護士が「人身保護請求」によって実際に死刑の執行を中断させたことが、法務省内で問題になっていたという。
 しかし、事は安田さん個人の問題ではないという認識も、危機感となって弁護士社会の中に明らかに広まっている。安田さんの早期保釈を求める弁護士の署名は約三千人(弁護士の六人にひとり)に達し、安田さんの弁護団そのものも八〇〇人(全弁護士の約五%)にもなっている(弁護団長は元日弁連会長の土屋公献氏)。
 これほどまでの危機感を弁護士にもたらしているのは、今回の安田さんの起訴が、「組織犯罪対策法案」の「犯罪利益収受罪(マネーロンダリング)」の実質的な先取りと見られているからである。弁護士への報酬が「犯罪収益」によるものと認定されると、弁護士の報酬受領行為そのものが違法とされてしまう。これでは実質的に弁護活動ができなくなるという懸念である。弁護士が業務として、職業倫理にそって、当然に行った行為が、犯罪行為とされるのでは、正常な弁護士活動はとうてい行えない。

マスコミ報道がつくる「冤罪」

 今回の逮捕・起訴の中で、マスコミが積極的に果たした役割も見落とすことはできない。
 「オウム裁判遅延」というマスコミによる弁護団叩きキャンペーンのなかで、安田さん逮捕は強行された。ここぞとばかり、「人権弁護士」の仮面の下に隠された、どす黒い悪徳弁護士の素顔、といった調子の報道がされたのは記憶に新しいところである。
 いちどこのようにして作られた「悪人イメージ」は、容易に消し去ることは不可能である。この「悪人視」報道の根拠となっていたのは、安田弁護士が顧問先の不動産会社から「多額の金銭」を受領していた、ということであった。安田弁護士が、弁護士としての業務に見合う報酬を顧問先から受け取っていたのは事実だが、そのことは、今回の起訴事実とは無関係だし、そもそも全く犯罪性のない行為である。
 つまり安田弁護士は犯罪とはまったく関係のない金銭の授受について犯罪者扱いされて報道された。これがマスコミによって作られた「社会的な冤罪」でなくて何だろう。「書きっぱなし」マスコミの罪は重い。

「オールジャパン」の不気味

 以上述べてきたような個別の問題点が、安田さん逮捕・起訴にあると言えるが、そもそもなぜ、今回検察=国家権力が、無理筋とも言える、強制執行妨害による弁護士の逮捕・起訴に踏み切ったのか。
 宮崎学氏が近著『地獄への道はアホな正義で埋まっとる』で、住管機構専務(当時)の尾崎純理氏と対談しているが、その中で尾崎氏は盛んに「オールジャパン」という言葉を口にする。旧住専の債権回収という「国家事業」のために、それこそ官民一体となり、そこに弁護士も積極的に関与して働くことが求められているということなのだろう。弁護士の存在性格の変化こそがもっとも著しいところだ。そこで、左派の代表格でもあり、安田弁護士と同じ弁護士会の左派派閥に属する尾崎弁護士(および黒田純吉弁護士)の転向と、愚直なまでに少数派擁護にこだわりつづける安田弁護士とのコントラストが鮮やかに浮かび上がってくる。
 尾崎氏がどんなに「理想」を語ろうと、彼が馴致され、また他者を巻き込まんとしているのは、かつての大政翼賛の道である。安田弁護士は、大政翼賛化へのシンボル的な生け贄として選ばれたとも言える。  それが確かに、「脅し」として機能する側面はあるだろう。しかし、別な観点からすれば、安田弁護士は抑圧される少数派にとっての輝ける星になっていく可能性もあるとは言えないだろうか。
 弁護士社会での異議申し立てのみならず、安田さんの逮捕・起訴をめぐる問題の中で、この社会全体が向かわされている先の奈落を看取る者も少なくはないはずだ。いま、問われているのは、社会全体の危機感を「オールジャパン」で収束させようという「中坊公平型ファシズム」(宮崎学)を漫然として受容するか、それへの批判的対峙の中に「活路としての反抗」を見い出すか、ではないだろうか。