安田好弘弁護士不当逮捕の構図

――住管機構(代表者社長 中坊公平)の危険な役割――

一、問題の所在
  1. 平成10年12月6日警視庁捜査二課が安田好弘弁護士を強制執行妨害罪で逮捕し、翌12月7日株式会社住宅金融債権管理機構(代表者代表取締役中坊公平)が、同弁護士を同罪で告発した。

  2. 平成10年12月8日東京地裁は安田弁護士を接見禁止付の勾留を決定。検察庁は平成10年12月26日起訴。
    現在保釈請求も却下されている。この勾留、起訴、保釈請求却下に住管機構の告発が絶大な作用をもたらしていることは明らかである。

  3. 安田弁護士不当逮捕の警察の意図が、オウム事件における権力の不当行為を暴露されることの防止、人権派弁護士の抑圧=市民の人権意識の高揚の抑制にあることは明らかである。

  4. 問題は、人権派弁護士とも云われる中坊公平弁護士(住管代表)がなぜ告発したのか? 何かの誤解か? 中坊氏に十分話せば打開の余地があるのではないか?との憶測が生じている。

  5. しかし、中坊氏に誤解などがあるわけではない。警察による住管機構の取り込みを理解しなければ、今回の弾圧の本旨の理解はできないと思われる。この点が今回の不当逮捕、勾留、起訴を理解するための根本的な問題点である。

二、住管機構と安田弁護士との関係

  1. 平成10年12月28日付の(株)住管機構(代表取締役中坊公平)の、公開質問に対する同社の回答書によれば次の事が明らかである。

     (1) 住専からスンーズ社グループに対する200億円弱の貸付債権を譲り受けたこと。

     (2) スンーズ社と住管機構との間には種々の交渉等がなされたが、他方捜査当局もかねてより捜査を進めていたところ、住管機構は、スンーズ社長らを平成10年10月15日告発し、同人らは10月19日逮捕され、11月9日起訴。11月6日再告発、11月9日再逮捕、11月30日追起訴されていること。

     (3) 住管機構がスンーズ社長を告発した当初、住管機構は、安田弁護士が本件に関与していることは知らなかったこと。

     (4) その後12月に入り、安田弁護士の関与が明らかとなったので預金保険機構から告発するよう強く要請されたが告発しなかったこと。

     (5) 12月6日警察が安田弁護士に対する逮捕状を請求し、裁判所もこれを認めたので、住管機構としても、住専法、住管定款等に照らし、「犯罪と思料する」段階に至ったと判断し、翌12月7日起訴状記載の事件につき、同弁護士を告発したこと。

     以上が明らかである。

  2. 以上によれば、住管機構は、積極的に自ら進んで安田弁護士の告発をしたものでは無いこと、住管機構は安田弁護士を告発できる独自の調査をしていたわけでもなく、また独自の資料で安田弁護士を告発したものでも無いことが明らかである。

  3. ところで、仮に被害者の立場にある住管機構の告発が無ければ、おそらく、安田弁護士を逮捕までは出来ても、その後の勾留、起訴まではもち込めないと考えられる。
     そうすると住管機構の告発の手際よさ、住管機構が独自の資料を収集しているのではないこと等によれば、住管機構、預金保険機構、警察との間で、事前に、裁判所から逮捕状が出れば、住管機構は直ちに告発するとの打ち合わせが出来ていたとしか考えられない(なぜなら、独自の資料のない住管機構としては、打ち合わせが無い場合であれば、さらに独自の資料収集に努めてから〈従って、相当の日時を経てから〉告発するのなら告発したであろう)。
     ではなぜ、住管機構は、ここまで警察に同調する行動を取るにいたったのであろうか。

三、住管機構の基本戦略、戦術

  1. 日本経済新聞社刊、藤井良広著「中坊公平の闘い」65ページ以下によれば次のように書かれている。
     住管機構の仕事は単純であること。旧住専7社から譲り受けた債権をできるだけ多く回収することに尽きること。そこで、中坊は、回収戦術として「三つの升、五つの武器」を打ち出したこと。第一の升は担保物件の問題、第二の升は債務者、保証人の責任の徹底追及、第三の升は関与者の責任問題、であること。五つの武器とは、(1)大義名分、(2)預金保険機構との連携、(3)捜査機関との連携、(4)競売の促進、(5)国、自治体の協力、であること。
     以上によれば、債権回収の武器として、他には無く住管機構独自の特色あるものとしては、(3)の捜査機関との連携と(2)の罰則付きの強力な特別調査権をもつ預金保険機構との連携が中心的なものであることは明らかである。
     そこで、上部組織である預金保険機構の理事長には、最高検刑事部長だった松田昇を充てているのである。

  2. 周知のように、日本の警察は民事不介入を原則としている。これは、警察は、民事事件に介入しないということで、市民からの民事に関連する告訴、告発に関しても、警察はほとんど出動しない。しかし、「民事不介入」とは体のよい理由で、本当は、警察は民衆のための仕事はしないこと、国家警察の観点からしか動かないことの別名にほかならない。つまり、日本の警察は民衆警察ではないのである(アメリカ、イギリスの警察と対比すると、この点は明らかである)。

  3. 住管機構が強力な世論を背景にしているとはいえ、警察が民事不介入の原則を住管機構関係だけ緩和するとは考えられず、警察独自の見地から住管の告発等につき介入していることが明らかである。
     それでも、前記公開質問状に対する回答書によれば、住管機構からの告発を受けた警察当局の強制捜査等は59件(平成10年12月2日現在)に挙がっている。
     そのように多数の告発事件を警察が処理する中で、住管機構としては、主導権をとって告発しているつもりが、警察は告発を受けたもののうち、警察独自の見地から介入できるものだけに介入しているのであって、住管機構としては警察を利用しているつもりが、警察に利用されており、主客が転倒しているといわなければならない。
     その証拠が、今回の安田弁護士の告発である。住管機構としては、単なる債権回収の相手方の一顧問弁護士というだけでなく、オウム事件における警察権力の横暴の暴露、死刑廃止問題等、人権に深くかかわっている弁護士の勾留、起訴に深くかかわることが明らかな本件告発には慎重に臨むべきで、まして逮捕されただけで、「犯罪と思料する」段階に至ったと判断するにはあまりに軽率というべきである。しかしながら住管機構が警察に「ノー」と云えない力関係になっていることを明らかに物語っているといわなければならない。

四、住管機構の重大な汚点

  1. 住管機構は世論の背景と、中坊弁護士のキャラクターで成り立っている組織であるといっても過言ではない。住管機構のための特別法等で特別の権限を与えられているわけでもない。独自の強制調査権、刑罰権があるわけでもない。告発した場合警察において、どのように捜査をするのかといった点について、住管機構と警察との間に特別の取り決めがなされているわけでもない。

  2. しかし、住管機構が最もしなければならなかったことは、住管機構が特別の捜査権をもてるようにすること、即ち、債権回収のため警察権力を動かすことができる特別の立法措置を得ることであった。裏をかえせば、「警察の民事不介入」を改めさせ、警察を民衆のための警察に変える契機となる特別法を得ることである。この一点を押さえることができたなら、債権回収もはかどり、何も大騒ぎをする必要は一切無いのである。

  3. 国は世論に押され、「住管機構」を設けざるを得なかった。しかし、住管機構に特別の権限を付与することはせず、個人のキャラクターで解決しようとした。住管機構に特別の権限を付与するとは、とりもなおさず警察の民事不介入の原則を止めさせることになり、警察の性格を民衆警察に変えて行くことにつながるからである。住管機構は、その課せられた使命の遂行の便宜と、さらには、警察を民衆警察化へ変えるまたとないチャンスを逸した。

  4. 中坊公平のキャラクターについては、盛んにもてはやされている(ちなみに、前掲「中坊公平の闘い」、中坊公平・佐高信著、徳間書店刊「中坊公平の人間力」、高尾義彦著、毎日新聞社刊「中坊公平の追いつめる」)。しかし、どの著作も、住管機構に特別の権限が無いことの、不当さ、不思議については何も述べていない。
     しかし、個人としてもてはやされるときには、特に注意が必要である。人間関係の問題で、特定の個人が他人には出来ない特別のことが出来るということが、そんなに多くあるはずがない。もてはやされた場合は社会の仕組みの欠陥や、あるいはもてはやされていることの裏の意味を考える必要がある。国は中坊氏の個人的キャラクターの強調やその活躍を強調して住管の仕組みや権限のなさの不当さから国民の目をそらした。

  5. 中坊住管機構は、日本の警察が民衆警察では無いことの認識が弱く、住管機構の告発を受けて警察が動いているものと考えていたが、警察には警察独自の観点から、住管機構の告発を利用していただけであり、チャンスをうかがい、今回の安田弁護士逮捕に至った。住管機構は、未だに、自らが果たしたダーティな役割に気が付いていないであろう。
     しかし、今回の役割で住管機構が社会に果たした役割を大きく差し引いてもまだ余りあるマイナスの役割を果たした。中坊氏は1999年中にはバトンタッチする可能性がある(前掲「中坊公平の闘い」前書き5頁)といわれているが、最大の汚点を残して去ることになろう。そして、権限のない住管機構は、さしたる働きをすることができないまま、その使命を終わることになろう。

五、結論

  1. 警察は、オウム事件における権力の不当行為を暴露されることの防止、人権派弁護士の抑圧=市民の人権意識の高揚の抑制の必要から安田弁護士の逮捕に踏み切った。しかし、警察が出来ることはここまでで、勾留、起訴のためには、住管機構の協力、すなわち、告発がどうしても必要である。
     住管機構は、その掲げる旗印である、関与者の責任追及、捜査機関との協力の一適用の問題と考えて、事前の約束通り告発した。
     しかし、今回の安田弁護士逮捕、勾留、起訴の日本の民主主義運動に与える効果は絶大である。

  2. 今回の安田弁護士起訴の問題を考えるためには、(1)警察の意図、(2)警察の性質、(3)住管機構の欠陥、(4)中坊弁護士のキャラクター、を考える必要があり、(1)だけでは不十分なのである。

以上。