2001.5.12「市民集会 安田裁判とわたしたち」での発言から

込山弁護士の公判解説

 込山でございます。この事件を易しく30分程度で解説するというのは多分不可能だと思うのですが、基本的な筋だけご理解いただいて,この事件がどういうふうに作られたのか皆さんに知っていただきたいと思います。警察・検察が事件を作る手法をあらかじめ皆さんが知っておくことは、今後皆さんの身に降りかかる可能性のあることを少しでも防止するのに役に立ちます。それくらいこの事件は誰の身にも降りかかる可能性のある事件だと考えています。

1 公訴事実の概略

 この事件で問われているのは、安田弁護士がある会社の社長や社員などと共謀、すなわち話し合って、会社の持っている建物、これはビルやマンションなどいろいろあったんですが、その内の二つの建物について賃貸人を変えたということです。
 つまりそれまでSという会社が賃貸人であったものにつきまして、ある建物についてはA社が賃貸人になる、もう一つの建物についてはW社が賃貸人になる。A社とかW社は、入った賃料をそっくりS社に戻し、S社の経費に使っていた。
 なんでこんなことするんだというと、賃料がS社に入ってしまっては、債権者から差し押さえられてしまう。差し押さえられると賃料が入ってこない、それでそのような賃貸人の変更をしたことを「強制執行妨害」であるというふうにもってきたのがこの事件です。
 「強制執行妨害」というのは、実は最近になるまでほとんど「死んだ犯罪」といいますか、実際に適用されたり摘発された例も無く、裁判例もろくろく無い、そういった犯罪でした。それゆえに何が罪になるのかが不明確。実はそういう犯罪を使ったということがポイントなんですね。
 こういう今まで押入れの隅に隠れていたような犯罪を使って、これをもっていろいろな人を弾圧していく。これは歴史の中ではよくあるパターンだと思います。
 つまり今までいろいろ使われていた犯罪を適用すれば、被告人・弁護人は争うやり方といいますか、それに対してどういうふうに自分を守るかという方法ははっきりしていますけれど、全然知らないような犯罪を持ってこられてやられれば、「えっ、そんな犯罪あったの?」ってなる。私も弁護士になる前に司法試験を受けてますから、確かに「強制執行妨害罪」というのをちらっとは勉強しましたけれども、ほとんど裁判例もないような犯罪でしたからあわてて条文を調べて、これはどういう意味だと勉強しなければわからない犯罪だったわけです。
 隠したお金は2億174万円とされてこの事件が起訴になりました。

2 争点

 この事件でいったい法律的に何が争われているのか。検察官が言いたいのは「賃料振替」です。これは「仮装行為」ということなんです。
 先ほど公訴事実について申し上げたとおり、賃貸人を変えたのは差し押さえを妨害するためだったんだということで、特に検察官がポイントにしたのは「実体の無い会社を使った」そういう賃貸人の変更だったということです。
 これに対して被告人・弁護人、つまり私たちですが、何を争ってきたかというと、そうではない、これは「分社サブリース」のための賃貸人変更であった、つまり合法なことをやろうとしていたんだということです。
 「分社サブリース」という言葉自体も皆さんもちろんよくご存知ないと思いますし、私たちも一般的には使うわけではありません。ただ簡単に主張をまとめる意味で、「分社サブリース」という言葉を裁判の中でもよく使ってきました。
 サブリースというのは言葉は難しいんですが、あらかじめ又貸しを予定して、ビル丸ごとを他人に貸してしまうという方式です。このサブリースという方式は不動産業ではよくある方式です。安田さんが助言したのはこのようなものであり、S社がやろうとしたのもまさにこのようなものであったのです。これが争点ですね。

争 点
a 検察官
賃料振り替え論=仮装行為説
 S社は、多額の負債を抱え、返済が困難な状況にあった。収入は、賃料。賃料債権を差押さえられると、給与が支払えなくなる。そこで、賃料の振込口座を替えるために、S社から実体のない会社に賃貸人が代わったように見せかけて、差押さえを妨害した。
b 被告人・弁護人
分社サブリース論=真実行為説
 従業員を移籍させるための分社を目的としたサブリース方式(転貸を予定した一括賃貸)による賃貸人の変更である。安田弁護士の助言内容は、賃料債権に対する差押さえを免れるためのものでもないし、仮装の行為でもない。

3 弁護方針

 刑事事件においては通常、検察が立証責任を負っていますから、検察が出してきた証拠に対してこれを弾劾する、いわば叩く。その証拠の評価を下げる。これが古典的な弁護方法と思うんですがそういう方法と、あと積極的にこちらから打って出る方法と、二つあります。
 私が安田さんの弁護人になったときに思ったのは、これは古典的ないわゆる検察が立証してきたものを叩くだけの弁護ではおそらく負ける、事実は明らかにならないということです。といいますのは、もともと民事の事件で、検察はたくさんの証拠を持って、押収して独占しています。この中から彼らにとって都合のいい、いわば自分たちのシナリオに合った証拠だけを出してくるわけですから、一つを潰したところで、またそれと別の似通った証拠が出てきてしまう。いわばもぐら叩きみたいな話になってしまうわけですね。
 そうだとすると弁護方針は自ずと決まってきます。分社サブリースをこちらが立証することです。これは企業にとっては再建策の一つですから、それについてS社がどういう行動をしてきたか、それを描き出そうというのが弁護方針でした。
 その弁護方針はこれまでのところ成功していると思っています。証拠の数を見てください。

証拠の数
(第1回公判)(現在)
検察側請求証拠99点288点
弁護人請求証拠0点121点

 検察官は第一回公判の時に99点証拠を請求してきました。一件あたりの量も大変大きなものでしたから、相当の量です。普通であればこれで検察官の立証は終わりです。しかし現在は288点、3倍ちかいところまで膨れ上がっています。それは何故かといいますと、弁護人請求証拠を見ていただきたいのですが、もちろん第一回では0点ですが、現在では121点まで請求しています。つまり検察官が出してくる証拠に対して、弁護人もさらに反対証拠をどんどん出す。検察官も更に出してくる。今や刑事事件というよりもほとんど民事事件化していまして、当初の方針通り、これを刑事事件ではなく民事事件化して事案の真相を明らかにしようという流れになっているわけです。
 この事件の外形はこのような話なのですが、じつは、これからが、この事件の核心なんです。

4 S社の物語

 このS社について、警察・検察が描いたストーリーがあります。S社が多額の借金を抱えて、返せる当ても無く、バブルが崩壊してしまいましたが、いずれ土地建物、つまり不動産が値上がりすれば返せるかも知れない。それまでじっと耐えに耐えて姑息に生きていこうとしたというのが、警察・検察のS社について作った一つの物語だったのです。
 その中で差し押さえがされそうな物件について、姑息に差し押さえされないように賃貸人を変えてしまった。そして財産を隠したという物語です。ところが実際は全く違う話なんです。

 登場人物にはS社の社長、社長の息子のNさん、メモ魔のI常務という方がいらっしゃいまして、ここまでが幹部の社員。それから古参社員で紳士のS主任、潔癖症の経理担当のY子さん、この方はもうお馴染みだと思います。これまで「O女史」というふうに呼んでたんですが、ジャーナリストの魚住さんが「Y子さん」と使っておりますので、また魚住さんの単行本が出るということなので、これを機会に私もY子さんに改めさせていただきます。

 この事件はもともと内部告発から始まりました。
 平成9年の2月に旧住管に「S社の社長が国外資産を処分しシンガポールへ逃亡する」という情報が寄せられました。これは住管の弁護士のところに寄せられた情報です。
 預金保険機構と住管は早速動き出して、S社、S社の関連の会社、S社の人、人といっても多分幹部の人だけですが、口座を調べてデータを集めました。そうすると見事に引っかかりました。
 平成8年1月から平成9年1月までの間に、2億1037万円が預金され、平成9年1月8日に全額引き出された。現金で引き出された後に、この2億1千万のお金が他の口座のどこにも入金になっていないのですから、現金のまま消えたわけです。
 旧住管はこの口座への入金経路を調査しまして、この2億1千万円の元になったのは「賃貸人を変更して入ってきた賃料だ」ということで、それをもとにこれを事件として告発したんです。
 普通お金のながれにせよ薬物にせよ、その対象の流れを追っていけば、誰が犯人なのかとか、誰がどういうつもりでそれをしようとしたかが判るわけですから、この現金で消えた2億1037万円を誰が持っているのか、これを調べればこの事件の性格がわかる筈です。たとえば2億1037万円が安田さんの懐に入っていた、そうしたらですよ、もう逃れられません。あるいはS社の社長の懐に入っていたとしたら、どんな言い訳も通るわけがないんですね。
 事実は全くそういうことはなかった。警察は社長を取り調べてみました。社長は知らなかった。それこそ身に覚えがなかった。社長はこれを一番追及されまして、必死で知らないということで、とりあえずこれは沙汰止みになりました。それ以上追及されなくなりました。
 なぜかというとその間に潔癖症のY子さんが警察によばれて取調べを受けました。2億1037万円はそのY子さんとか、紳士のS主任ら四名の社員がですね、普通こんなことは到底考えられない、予想もできないことだと思うのですが、社長とか幹部に無断で隠していた。現金でおろして、その現金をですよ、紙袋に入れてタクシーに乗って、四人組の一人が個人で契約したトランクルームに入れていたんです。2億1千万円だけではないんです。他にも同時に1千万円下ろしたりいろいろやっているんです。だから金額としてはもっとあります。
 平成9年の1月にトランクルームに運んでから、果たしてどうしたんでしょう。
 実は内部告発をしたのは彼らなのです。平成9年2月に、旧住管に社長は逃げると情報提供があったと先ほどお話しました。1月に現金で下ろして、2月に情報提供。何のためだと思いますか? S社を潰したかった。社長に逃げてほしかった。S社を閉鎖してくれれば、彼らは退職金として確保した金を分けて、さよならできた。
 要するに旧住管に強くS社の社長を責めていただいて、S社の社長が怖くなって逃げ出してくれれば、貯めたお金を頂いて自分たちは幸せになれるというのが四人組のお考えだったわけですが、残念ながら旧住管はそういう目論見を知らずにこれを刑事事件化した。で、レジュメに書いてあるような内容のお金を分配しました。

(正規の退職金)(分配した金)
S主任2080万円4900万円
Y 子1405万円4000万円
その他1038万円3000万円
738万円2000万円

 いろいろお勤めの方もいらっしゃるでしょうが、20年程度勤めて4900万円頂けるような職場に勤めていらっしゃる方、いますか? Y子さんは勤続18年で4000万円、およそ考えられません。これだけ頂けるのだったら私も弁護士辞めたいですね。
 S主任は更に悪質なんですが、四人組の他の人には黙って、更に社長から別途600万円を頂いています。
 これらのことは、Y子さんから社長に無断で貯めたお金だったんですという告白を聞いた警察・検察にはすぐにわかったことなんです。ところがそこから先は調べようとしなかった。あるいは調べたのかも知れません。調べて彼らの犯罪(これは犯罪ですよ、業務上横領です)を不問にすることと引き換えに、この四人組を検察側証人に取り込んでいったんです。

 今日の主題は検察側証人ということですので、検察側証人の名言(迷言)を紹介します。
 これは私が名言だと思っただけで、他の人はどうか知りませんが、ただ、彼らが大変な役者であったということがよくわかる名言です。もし将来これが映画化されるのであれば、是非これを使っていただきたい。まずY子さんなんですが、
 「もう本当にめちゃくちゃな経理で、……もうこんな道理に合わないこと、もうやりたくない、もう辞めたい」
 というような調子でお話になりました。
 今考えればよくこんなこと言ったなと思いますが、
 「例えにしますと、他人の財布からお金を取って入れるということだと思います。そんことあってはならないと思っていました。」
 これ何をいいたかったかと言いますと、それまでS社に賃料が入っていたのですが、賃貸人を変更してA社に入ることになりました。しかしA社に入ったお金はS社の口座にもう一回入れる、還元するか、あるいはA社の口座から下ろして使っていい、そういう行為というのは人の財布からお金を取って入れるのと同じだ、そんな事はあってはならないと思っていたということですから、この方は良い悪いは正しく判断できる能力を持っていたということなんです。
 で、この2億1000万円の件を私たちが追及したときに、法廷でおっしゃったお言葉がですね、
 「2億1000万については、私自身、労働者の立場として確保したのは、これは当然の権利だと思ってます」
 えー、素晴らしいご見解だと私は思ったのですが、皆さんいろんな会社に勤めていて、最近景気が悪いですから給料の支払いが遅れたりしたケースを考えていただきたい。社長が給料をなかなか払ってくれない。それで社長の家にこっそり忍び込んで家の箪笥から自分の給料分をそっくり頂いてきた。これは普通住居侵入窃盗という犯罪になるんですが、このY子さんのお考えによりますと労働者の立場として確保したんですから当然の権利となるわけです。ここまで開き直れるのはたいしたもんだなと思います。

 それからS主任です。この方は一見大変紳士でいわゆるハンサムというタイプだと思います。この方は社長に無断でお金を分けたグループのもちろん一員でもありますし、中心だったんですが、そのことを隠して社長に金を強請ったんですね。それで600万円の小切手を貰った。
 社長は正規の退職金しか彼は貰ってないだろうと思っていたところへ、そのS主任は「もう少し何とかなりませんか」と言って、社長に話をもって行った。その話をもっていったときには、もうその4900万円という金は懐に入れていたんですよ。それについて弁護人が追及したら、わけのわからない言い訳をしました。
 「社長の心を試した」
 というんですね。犯罪の被害者に対して加害者が、自分が被害を与えたこと、つまり自分が犯罪を犯したことを黙ってさらにその心を試す……、もしこの横領事件で犯罪として彼が訴えられた場合には、情状として見たときにこれはかなり悪質な行為になると思います。

 さらにもう一人作文検事さんというのが加わりまして、これが又、話を捏造していった方です。保釈つぶしのための作文をした、これはこれまでにも報告したことです。最近になって判ってきたのは言葉の置き換えという問題で、検面調書で「アドバイス、対処方法」と言っているのを、彼はこれをワープロで一括変換とか方法がありますが、「指示、対抗方法」というのに置き換えちゃったんですね。話した方の人はそんなこと全然意識していないのに、文書作っている人はどんどんどんどんそれを置き換えていった。

 安田さんの構想した分社サブリース論は挫折しました。挫折したのは事実です。挫折した理由も簡単です。彼等は移籍したくなかった、お金が溜まるまでは。だから自分たちでお金を貯めて、貯まったところで内部告発した。これがこの事件の背後にある「S社の物語」です。

5 これからの課題

 後ろに書いてあるとおり、安田弁護士の無実は明らかです。しかし無罪が明らかになったわけではありません。無実と無罪の間には実は大きな壁があります。もともと民事事件ですから複雑です。裁判官が何処まで理解できるかということが、私たちの心配の一つです。
 刑事事件を民事事件化するということで、今まで多くの証拠を出し、多くの証言を得てきました。ただしそれがゆえに事案としてはわかりにくくなってしまった。これをもう一度もとに戻して、いわば今日書いたレジュメのようなすっきりした形にしてですね、どこが犯罪なのか、ふざけんな、こんなものはもともと「業務上横領」だろうというふうにもっていきたいのです。これをやるために今後も支援の会の人たちのご協力を頂いて、いろんな作業のお手伝いをいただいて、めでたく無罪に持っていきたいと思います。今後もよろしくお願いします。