なぜこんなことに?
しかし、それにしてもなぜこんなことになったのだろうか。もう一度公判を復習してみよう。
この証人は、共犯として逮捕・勾留され、再逮捕までされたのに処分保留で釈放された。もちろん起訴もされなかった(再逮捕までされて起訴されないのは珍しい)。いまや重要証人となったのであるが、その彼は「メモ魔」とよばれるほど、自分の手帳、ダイアリー、各種ノートに克明に打ち合わせの内容などを記録していた。たぶん、せっかちな検察側は、彼の克明なメモという「客観証拠」で安田さんを有罪にできると判断したのである。
ところが、すでに報告されているように、経理担当者による2億円を超える業務上横領があったことが裁判で明らかにされ、検察の構図が崩れはじめた。そして、それは重要証人に対する宇川検事の奇妙な主尋問に引きずられていく。
かいつまんで言うと、宇川検事は、冒頭陳述に固執せず、きわめて淡泊で奇妙な主尋問をした。謀議の成立につき執拗に追及しないため、その具体的状況を引き出せず、結局多くの重要な点で引き延ばしをした。この点は検察側の保釈対策とも思えるが、しかし、冒頭陳述には述べられていない事項について時間を割いて尋問したのには驚いた(詳しくは拙稿「宇川検事の奇妙な主尋問」支援の会ニュース10号)。良く言えば、宇川自身が、捜査を担当した浦田検事の調書や冒頭陳述を捨てて、自ら新たに立証に乗り出したといえるからだ。
しかし謀議の具体的状況を引き出せなかったのは当たり前である。謀議がなかったのだから。検察が2月19日に謀議の成立を構成したのは、三和ビジネスクレジットという債権者が唯一差押えをしているから、ここの動きと強引に結びつけようとしたからである。そこで、証人のメモをこの債権者との関連で強引に「解釈」することで、強制執行妨害を構成しようとしたのだ。
検察の強引な「解釈」
しかし、それは、あくまで強引な「解釈」にすぎなかった。「客観証拠」であるはずの証人のメモは、単語だけが羅列しているときもあり、多くの場合それだけでは意味が明確でない。その場合、他の記述や債権者側に残っている記録などとも参照しながら意味を確定していく作業が必要である。しかし、検察は安田有罪の客観証拠があると早合点し、地道な分析作業を怠ってしまった。自分の思い込みの構図に、証人のメモをあてはめただけで起訴をしたというわけである。
これはきわめてもろい証拠構造になっている。事件を立体的に検証していないから、別の債権者、別の異なる角度から見ると、客観証拠であるはずのメモの記述がまったく別の意味に読み取れるのである。今回、別の債権者である住商リースとの関係から見ただけで、もはや「客観証拠」は合理的に異なって読めてしまった。まさに、検察は「客観証拠」に裏切られたのである。
ABCは実体のある会社か?
しかし、こうした第19回公判での証言は突如としてでてきたのではない。第16回から18回公判にかけて、渡辺弁護士、長谷川弁護士、田鎖弁護士の反対尋問が準備していたと言える。
その主目的は、ダミー会社と言われていたABCには、実は実体があったことの立証にあった。もっとも、検察は起訴状、冒頭陳述であれほど実体のない会社と言っていたのに、何とすでに自らの主尋問の際に、平成5年の謀議当時には実体があったことを認めている。これだけでも公訴事実は半分崩れていると思うが、とにかく検察は1年後の平成6年に実体がなくなったことをせめて立証しようとした。しかしそれさえも、平成7年に入っても、さといもの輸入などビジネスの種があれば取り組んでいたことが明らかにされ崩れてしまった。
むしろ、証人にとってある意味でABCは思いを込めて取り組んだ事業であったから、本来ABCに実体がなかったとするのは不本意なはずである。実際に弁護人の質問にこう答えている。
弁護人「賃料を隠そうとかそういったような発想でエービーシーの設立を考えたということは一切なかったと断言できますか」
証人「私は断言していいと思いますね」
弁護人「エービーシーの活動の実体ですが、証人は誇りを持って語れる内容ですか」
証人「私はやるだけやったと誇りを持って言えますね」
「客観証拠」の立体的読解へ
このように、すでに第16回から18回の公判で、ダミー会社であるはずのABCに実体があること、さらにその設立につき債権者に挨拶状まで出されていたことも明らかにし、弁護団はABC実体論を固めた。すでに捜査段階で一部債権者にABCとの賃貸借契約書が提出されていたことが判明しているから、客観的に「賃料隠し」とはいえなくなっていた。そして、第19回公判に入って個別の債権者交渉という視点から反対尋問を行い、冒頭で紹介した謀議の成立を否定する証言を重要証人から得たのである。
今後も弁護団の反対尋問によって、「客観証拠」である重要証人のメモが立体的、かつ徹底的に読み込まれていくことで、真相が明らかにされていくだろう。
安田さんに対する別件での再逮捕のうわさも流れており、原稿執筆段階では予断を許さないが、それはまさに検察側が追い込まれていることの証明でもある。
以上