意 見 書

被告人 安   田   好   弘

  右の者に対する強制執行妨害被告事件の起訴状記載の公訴事実に関する弁護人の意見は、左記のとおりである。

 一九九九年三月三日

右主任弁護人 石 田 省 三 郎

東京地方裁判所 刑事第一六部 御中

第一 はじめに── 公訴事実に対する認否
 一 安田弁護士は無実である。
 事実の面からも、法律理論面からしても、被告人の無実は明白である。
 私(石田弁護人)は、安田弁護士が、強制執行妨害罪で逮捕された翌日、安田弁護士に始めて接見し、以来、彼の弁護に携わってきた。
 捜査段階において、彼の弁解を聞くにつけ、さらに関係者の話しを聞くにつけ、彼がまさか、このように起訴されるとは思ってもいなかった。
 私が、安田弁護士の逮捕の背景を聞いて、最も憤りを禁じ得なかったのは、住宅債権管理機構の本件に対する対応であった。昨年、本件の捜査が開始される直前まで、スンーズエンタープライズ(以下「スンーズ社」という。)やその委任を受けていた安田弁護士は、債務弁済に向け、精力的に住管側と交渉を行っていた。安田弁護士らは、具体的弁済案を提示したうえ、一部の弁済を終えたのみならず、さらに弁済に向けた交渉を継続しようとしているさなかに、本件が立件され、住管は交渉を討ちきり、関係者の告発を行ったのである。いったい、債権回収を目的とする住管が、なぜ交渉をうち切ってまでも、関係者を告発する必要があったのか。

 二 安田弁護士は、平成三年来、スンーズ社のS.社長を始めとする関係者から、法律相談を受け、同社の代理人として、住管などの債権者らと交渉に携わるなどの職務を行っていた。しかし、その過程で、スンーズ社に違法な行為をアドバイスしたり、関係者が違法な行為をすることに荷担したなどということは、絶対にないのである。このことは、捜査段階から極めて明白な事実であり、安田弁護士は、検察官に対しても、捜査当時から一貫して、このことを明確にしていたのである。

 三 ところが、驚いたことに、検察官は、安田弁護士を起訴した。
 しかし、起訴後、検察官が開示した証拠を検討しても、私たち弁護人の安田弁護士は無実であるとの信念は揺るぎのないものであった。
 それは、第一に、安田弁護士は、いかなる意味においても、強制執行を免れる目的で、法的助言を行ったこともなければ、起訴状で指摘されたように、実体のないとされる会社に賃料を振り込ませて、財産を隠匿させるなどという指示や、助言をしたことはないからである。
 安田弁護士の助言は、本人が意見陳述でも明らかにしたように、あくまで、スーンズ社を生き長らえさせるための方策を示したものであり、強制執行の恐れが現実に認められる客観的事態のもとで、これを免れるためのものではなかったのである。
 安田弁護士は、平成三年暮れころ、知人を介してスンーズ社の社長であるS.氏と知り合い、同社のメインバンクであった三井信託銀行との間の債務弁済等に関する交渉の依頼を受けてこれを行い、この交渉は、平成四年一一月ころには纏まった。ついでそのころより、安田弁護士は、S.社長から国内対策についても相談を受けるようになり、この過程で、S.社長らから、スンーズ社の債権者、借入金額等について説明を受けた結果、スンーズ社が所有している資産の価格そのものが下落してゆく状況の中では、スンーズ社は多額の債務を抱えていることもあって、そのままではいずれ経営が破綻すると判断するに至った。
 そこで、安田弁護士は、スンーズ社の賃貸部門を分離独立させ、ここに従業員を移籍させ、この会社でスンーズ・グループを生き残らせ、スンーズ社の本体は時期を見て資産を売却し、債務を返済して消滅させていくという基本方針を立てたのである。
 これは、スンーズ社を不動産所有の会社から占有する会社へ移管し、不動産を占有する会社が新しい事業を展開して、スンーズ社に成り代わるとの方針であった。
 具体的な手順として、スンーズ社が所有する物件を新会社に一括賃貸し、従来のテナントに対する賃貸人の地位を新会社に譲渡すること、新会社はスンーズ社に対してテナントから受ける賃料のうち、一応の目安として六割を支払い、残りの四割で物件管理、スンーズ社から受け入れる従業員の経費、新規事業の費用等に充てることを提案した。さらに、もう一つの新会社がスンーズ社の持っている動産・設備を譲り受け、これをスンーズ社から不動産の一括賃貸を受ける会社等にリースして、物件リース会社としても生き残っていく等の方策を示したのである。
 このために、安田弁護士は、第一に新会社の陣容等を定めて、人事配置等の準備をすること、第二に新会社とスンーズ社との間で所有不動産ごとの一括賃貸借契約を結ぶこと、第三に賃貸人の地位の移転についてテナントの承諾を得ることなどの手順を助言した。
 安田弁護士がS.社長やスンーズ社の社員に示したこのような基本方針や具体的手順は、バブル崩壊後の不動産が生み出すものは、売却差益ではなく、使用対価としての賃料であることに着目し、良好なサービスを提供することによって、優良なテナントを確保することの重要性を説くものであって、現在では常識化している。
 そして、この方法は、バブルのころに膨れ上がって肥大化した企業を、実質的には会社の分割、すなわち分社化という方法によって、従業員や経費の削減を行い、企業としての存続を目指そうとするものであった。
 安田弁護士は、その分社化のための唯一の手段が、一括賃貸によるサブリース方式であると考え、S.社長やスンーズ社の社員にその目的や方法を十分説明し、これには、彼らも納得していたのである。
 このように、安田弁護士がスンーズ社に与えた助言は、真実のサブリース、すなわち真実の賃貸人の地位の移転であり、決して公訴事実で指摘されているような仮装のものではないのである。
つまり、起訴状記載の公訴事実に即していえば、
被告人は、第二東京弁護士会所属の弁護士であり、その弁護士業務の一環として、スンーズ社から、同社の法律問題に関する事柄につき相談を受けていたことは事実であるが、その関係者らと同社に対する強制執行を免れようと共謀したなどということはなく、また平成五年二月及び同年一一月頃、強制執行を免れる目的の下に、実体のない会社であるとされている有限会社エービーシーエンタープライズ及び同ワイドトレジャーに対し、賃貸人の地位を譲渡したと仮装して、その旨、賃借人を誤信させて賃料をこれらの会社の口座に振り込ませ、もって賃料を隠匿することを共謀したこともなければ、これを指示ないし、実行したこともないのである。
 検察官がこれから請求しようとする証拠、とりわけ関係者の供述調書は、客観的証拠とも、著しく矛盾するものである。捜査官が、自らのストーリーにあう調書を、供述者の意に反して作成したものといわざるえない。
 この意味で、本件は、事実の側面において、無実である。

 四 そして第二に、本件は、起訴状を見る限りにおいても、法律理論面において、到底、犯罪を構成するものではない。
 このことは、後に詳しく述べるが、スンーズ社は、依然として賃貸人の地位を失うことはなかったのであるから、そもそも「財産」が、「隠匿」されたなどということは、あり得ないのである。つまり、強制執行が妨害されたという事実自体全く発生しておらず、住専などは、いつでも賃料債権に対する執行が、可能であったのである。
 しかも、スーンズ社にとって、エービーシーエンタープライズやワイドトレージャーに所有物件を一括賃貸したことは、なにも隠すような事柄ではなく、その意識においても、「賃料隠し」などと評価されるものでは決してなかったのである。

 五 弁護人は、このような視点にたって、安田弁護士の無罪を訴える。
 安田弁護士は、これまで、弱者の立場にたった弁護活動により、多くの実績をあげ、人々からしたわれ続けている。このことは、われわれ弁護士や法曹関係者のみならず、衆目の一致するところである。
 さらに、本件は、ひとり安田弁護士に向けられ問題ではなく、弁護士業務全体にとっての極めて重要な問題を含んでいる。本件において、安田弁護士のために、全国から七百数十名もの弁護士が、弁護人として名を連ねたのも、このことを端的に示している。
 裁判所は、安田弁護士の無罪に向けた充実した迅速な審理をされるよう、本件の審理の冒頭に当たって、強く求めるものである。
第二 公訴事実に関する弁護人の主張
 一 本件公訴事実は、客観的に犯罪とはならない事実、すなわち不能犯の事実について処罰を求めるものであり、被告人は無罪である。
 本件公訴事実は、その第一は、スンーズ社がエービーシーエンタープライズに賃貸人の地位を移転したかのように装って、情を知らない賃借人に対してエービーシー名義の口座あて振込み入金することを指示して、スンーズ社に帰属すべき賃料を隠匿したというものであり、その第二は、同様にワイドトレジャー名義の口座あて振込入金の指示をして、同様に賃料を隠匿したというものであるが、かかる行為によっては、抵当権者(根抵当権者を含む。以下、特に区別しない限り、同様である。)からの物上代位に基づく賃料の差押えを免れることはできない。
 すなわち、本件の賃貸建物である「麻布ガーデンハウス」(公訴事実の第一)及び「白金台サンプラザ」(公訴事実の第二)には、当然のことながら、抵当権が設定されているのであるが、スンーズ社が賃貸人の地位の移転を行ない、賃料債権を譲渡しても、抵当権の追及を免れることはできず、抵当権者は、物上代位権の行使として、賃料債権の譲渡後であっても、スンーズ社を債務者、賃借人を第三債務者として、賃料債権を差し押さえることにより、賃料を取得できるのであるから、強制執行は何ら妨害されないのである。
 右の点については、最高裁が平成一〇年に出した二つの判決により、明白である。
 すなわち、平成一〇年一月三〇日付けの最高裁第二小法廷の判決、同年二月一〇日付けの最高裁第三小法廷の判決(判例時報第一六二八号、平成一〇年四月一日号)は、「抵当権者は、物上代位の目的債権が譲渡され第三者に対する対抗要件が備えられた後においても、自ら目的債権を差し押さえて物上代位権を行使することができる」と判示しているのである。
 すなわち、「民法三七二条において準用する三〇四条一項ただし書が抵当権者が物上代位権を行使するには払渡しまたは引渡しの前に差押えをすることを要するとした趣旨目的は、主として、抵当権の効力が物上代位の目的となる債権にも及ぶことから、右債権の債務者(以下「第三債務者」という。)は、右債権の債権者である抵当不動産の所有者(以下「抵当権設定者」という。)に弁済をしても弁済による目的債権の消滅の効果を抵当権者に対抗できないという不安定な地位に置かれる可能性があるため、差押えを物上代位権行使の要件とし、第三債務者は、差押命令の送達を受ける前には抵当権設定者に弁済をすれば足り、右弁済による目的債権消滅の効果を抵当権者にも対抗することができることにして、二重弁済を強いられる危険から第三債務者を保護するという点にあると解される。
 右のような民法三〇四条一項の趣旨目的に照らすと、同項の「払渡又ハ引渡」には債権譲渡は含まれず、抵当権者は、物上代位の目的債権が譲渡され第三者に対する対抗要件が備えられた後においても、自ら目的債権を差し押さえて物上代位権を行使することができるものと解するのが相当である。」と述べ、さらに「対抗要件を備えた債権譲渡が物上代位に優先するものと解するならば、抵当権設定者は、抵当権者からの差押の前に債権譲渡をすることによって容易に物上代位権の行使を免れることができるが、このことは抵当権者の利益を不当に害するものというべきだからである。」と判示している。
 最高裁の右判決によれば、本件において、スンーズ社がエービーシー社もしくはワイドトレジャー社に対して、賃貸人の地位を移転したことが真実のものであれ、仮装のものであれ、抵当権者の物上代位に基づく賃料債権の差押には何らの影響も与えないこととなる。強制執行の妨害の結果を発生させないのはもちろん、強制執行妨害の危険すらないのである。  もっとも、二つの点が問題となる。
 第一は、本件公訴事実について、妨害されるべき強制執行は、抵当権の物上代位権の行使としての賃料債権差押であったのか否かという点である。右の最高裁の判決は、抵当権の物上代位権の行使としての賃料差押が射程範囲であるところ、賃料債権の差押は、抵当権の物上代位権の行使以外の態様によっても行われるから問題となる。この点の詳細は、後に述べるが、結論から言えば、本件公訴事実当時「麻布ガーデンハウス」及び「白金台サンプラザ」は、抵当権の物上代位権の行使としての賃料債権差押のみが問題となり得たのであり、不能犯であることは揺るがない。
 第二は、本件公訴事実当時、右の最高裁判決の示した考え方が一般的なものであったか否かである。右の最高裁判決は、抵当権の物上代位の目的となる債権が譲渡され対抗要件が具備された後においても、抵当権者が物上代位権を行使することができるかという論点について、物上代位肯定説に立つ高裁の判決(大阪高裁判決平成七年一二月六日、東京高裁判決平成九年二月二〇日)、物上代位否定説に立つ高裁の判決(東京高裁判決平成八年一一月六日)の見解を統一するものであったが、「転貸料に対する物上代位権行使の可否をめぐる裁判例は、原賃貸借が抵当権設定登記後に設定されている場合や賃貸人と賃借人とが債権回収妨害のために結託している場合には、その行使を肯定するものが大半であった」(清原泰司教授、判例時報一六〇六号一七八ページ)と評されているように、強制執行の実務では、物上代位権の行使を認めるのが大勢であった。よって、不能犯というべきである。

 二 本件は、公訴時効完成後の公訴提起であり、免訴の判決をなすべきものである。
 強制執行妨害罪の刑は、二年以下の懲役であり、長期五年未満の懲役にあたる罪の公訴時効は、三年である(刑訴二五〇条五号)。
 公訴時効は、「犯罪行為」が終わった時点から進行する(刑訴二五三条)。そこで、本件における「犯罪行為」とは何かが問題となる。
 本件公訴事実の第一は、平成五年二月下旬ころから同年三月上旬ころ、スンーズ社がエービーシー社に賃貸人の地位を移転したかのように装って、情を知らない賃借人に対してエービーシー名義の口座あて振込み入金することを指示して、スンーズ社に帰属すべき賃料を隠匿したというものであり、その第二は、平成五年一一月上旬ころから同年一一月中旬ころ、同様にワイドトレジャー社名義の口座あて振込入金の指示をして、同様に賃料を隠匿したというものである。
 右の公訴事実によれば、被告人及びスンーズ社の四名がなした社会常識的な意味での行為は、平成五年当時の賃借人に対する指示だけであり、賃料の振込みは、その指示に基づく結果にすぎない。すなわち、スンーズ社がエービーシー社に賃貸人の地位を移転したかのように装って、情を知らない賃借人に対してエービーシーもしくはワイドトレジャー名義の口座あて振込み入金することを指示する行為は、それが賃貸人の地位の移転を仮装することの意味であれば、賃貸人の地位もしくは将来の継続的に支払われるべき賃料債権の譲渡であり、これが真実のものでないのであれば、仮装譲渡というべきものである。「犯罪行為」とは、まさにこの仮装譲渡を意味するはずである。そして、仮装譲渡は、一定の法益侵害の発生によって、犯罪行為は終了し、それ以後、法益の侵害されている状態は継続しても、それはもはや犯罪事実とは認められないものというべきであり、いわゆる状態犯と解すべきであるから、「犯罪行為」すなわち仮装譲渡行為から公訴時効は進行するのである。
 検察官は、賃料の振込の結果が、公訴事実の第一においては、平成五年三月二四日ころから平成八年八月二三日ころまで発生したこと、第二においては、平成五年一一月三〇日ころから平成八年九月一〇日ころまで発生したことをもって、時効にかかっていないと主張するものと思われる。
 しかし、強制執行妨害罪は、個別の財産を保護する財産犯ではなく、強制執行行為という公務を保護し、あわせて債権者の保護を図ることを目的とするのであるから、いくつの強制執行行為が妨害されるかを考えれば、答えは自ずと明らかになる。賃料債権の差押は一つである。差押の効力として、請求債権額にみつるまでの間、当然に賃料債権は継続的に差押えられるのであって、賃料の弁済期ごとに個別の強制執行が行なわれるわけではない。不動産の仮装譲渡の事例を考えても明らかである。債務者がりんご畑を仮装譲渡したとしよう。仮装譲受人は、収穫の時期がくるとりんごを収穫する。このりんごは、りんご畑、より正確にはりんごの樹木の果実であるが、りんご畑の仮装譲渡により、将来の収穫の時期における収穫の権利が仮装譲受人の手に委ねられたのである。検察官の主張は、りんご畑の仮装譲渡の場合にもりんごが収穫される限り、その個々のりんごの収穫行為が犯罪であり、時効は進行しないという主張であるというのと同一であり、暴論というほかない。

三 起訴状記載の公訴事実は、強制執行妨害罪の構成要件を満たしていないから、被告人は無罪である。

 1 強制執行妨害罪の成立要件について
 刑法九六条の二の強制執行妨害罪は、文理上の要件として、@目的として、強制執行を免れる目的が必要とされ、A行為として、財産を隠匿し、損壊し、仮装譲渡し、あるいは仮装の債務負担をすることが必要とされている。しかし、この目的及び行為のみでは、犯罪の成立が広範に認められるおそれがあることから、解釈上の要件として、最高裁は、昭和三五年六月二四日の判決において、B状況として、「現実に強制執行を受けるおそれのある客観的な状態」を要件とするに至った。
 なお、法務省法務総合研究所の「民商事と交錯する経済犯罪V」(立花書房、平成九年一〇月一五日)によれば、右の状況を強制執行の近迫性と呼び、次のように記述されている。「将来強制執行を受けることを予想してあらかじめ財産を隠匿しておく行為について、このような行為は一方では債権者を害する不都合な行為、陰険な策略であるといえる面があるが、他方では企業家としての一種の自衛策に属するともいえるので、何らかの合理的限定を加える必要があり、企業家が事業の失敗に備え、あらかじめ財産を他人名義にしておく行為はそれだけでは罪とならないとの見解もあるゆえんである(藤木・各論三二ページ)。このような近迫性の存在は個々具体的に決するほかないが、捜査上、この要件にかかる事実の存否の認定及び証拠の収集にも意を払う必要がある。」(一一八ページ)

 2 状況、目的、行為の関連性
 右の状況、目的、行為の関連性は、具体的な強制執行の方法ごとに判断されるべきは当然である。強制執行は、種々あり、それぞれ対象ごとに異なる手続がとられる。どのような強制執行を受ける状況だったかによって、目的も行為も関連するのであるから、行為者の主観にとらわれずに強制執行妨害罪の成否が検討されなければならない。
 例えば、家屋の明渡しの判決を受けた者が、強制執行が申立てられたことを知って、動産差押えも同時になされるものと誤信して、家屋内の現金を持ち出して、公園に埋めた場合にどうなるか。
 これを、文理上の要件のみに形式的に当てはめれば、犯罪は成立することなりそうである。およそ、「強制執行を免れる目的」があり、現金たる「財産」の発見を困難にしたから「隠匿」といえそうだからである。しかし、この場合に、明渡し執行は何ら妨害されないから、行為者が何を意図しようとも、強制執行妨害罪にはならないはずである。現金については、現実に強制執行を受けるおそれのある客観的な状態がなかったともいえるし、現金はこの場合の強制執行の対象ではなかったから、本条の「財産」ではないともいえるはずである。

 3 物上代位に基づく強制執行の個別性
 債権者が貸金返還請求訴訟を提起し、勝訴すれば、通常は仮執行宣言が付されるから、この勝訴判決に基づいて、金銭債権の実現のために、債務者の所有するあらゆる財産に対して、強制執行が可能となる。不動産の競売、動産(金銭も含む)の差押、預金・給与・売掛金・賃料などに対する債権差押など、その対象は広範である。
 しかし、抵当権の場合は、抵当権が設定された当該担保物件のみがその対象となる。抵当権に基づく不動産の競売は、当然のことながら、その対象となるのは当該担保物件のみである。物上代位権の行使としての賃料債権の差押も、同様に、当該担保物件の賃料債権のみが対象となる。さらに、目的物の売却、賃貸、滅失、毀損によって、債務者が受けるべき金銭その他の物に対しても抵当権の効力は及ぶが、「払渡または引渡前に差押える」ことが必要とされているから、債務者が受領ずみの金銭は、たとい賃料であったとしても物上代位に基づく強制執行の対象ではない。すなわち、物上代位権の行使としての動産(金銭も含む)の差押は認められていない。もちろん、預金債権の差押もできない。

 4 本件の場合
 平成五年二月当時、「麻布ガーデンハウス」(公訴事実の第一)の抵当権者は、第一順位が、住商リース株式会社(以下住商リースという。)、第二順位が株式会社住総(以下住総という。)であった。住総の抵当権については、平成九年六月に株式会社住宅債権管理機構(以下住管という。)に移転した旨の登記がなされ、同年九月に売買により所有権が移転した。この間、「麻布ガーデンハウス」に対しては、不動産競売の差押も物上代位権の行使としての賃料債権の差押もなされなかった。  平成五年一一月当時、「白金台サンプラザ」(公訴事実の第二)の抵当権者は、日本住宅金融株式会社(以下「日住金」という。)であり、平成九年七月に住管に抵当権が移転した。平成一〇年一月現在、「白金台サンプラザ」に対しても、不動産競売の差押も物上代位権の行使としての賃料債権の差押もなされなかった。
 平成五年二月もしくは同年一一月に、抵当権者による物上代位権の行使としての賃料債権の差押がなされる状況、すなわち「現実に強制執行を受けるおそれのある客観的な状態」があったとするならば、その直後になされてしかるべきではないか。四年もの歳月が経っても、強制執行が行なわれなかったのであるから、そもそも平成五年当時に強制執行妨害の危険性がなかったと考えるのが常識である。強制執行妨害罪は、強制執行妨害という結果を必要とするものではなく、結果発生の危険性で足りる、すなわち危険犯と解されているが、いつまで経っても結果の発生が起こらない場合には、その危険すらなかったと考えるのが当然である。
 住管は、被告人に対する告発状に次の項目を記載している。「スンーズが、かねてより、日住金等多数の法人に対して、多額の借入金債務を負い、その返済が滞り、それらの債権者から返済を催促されるに止まらず、債権者のうち、三和ビジネスクレジット株式会社からの融資については、平成四年三月一八日ころから返済が滞っており、平成五年二月一五日には、同社から、延滞元利金の支払いがない場合は期限の利益を喪失したものとして取り扱う旨記載された催告書の郵送を受け、スンーズ所有物件に対して貸付債権等の強制執行を受ける事態が予測されたことから」、という部分であり、これに続いて本件公訴事実と同じく「スンーズ所有物件の賃料債権等に対する強制執行を免れようと企て」とつながるのである。
 三和ビジネスクレジット株式会社(以下三和ビジネスという。)は、なるほどスンーズ社の債権者のうちの一社であるが、「麻布ガーデンハウス」や「白金台サンプラザ」とは別の不動産の抵当権者である。三和ビジネスが物上代位権の行使として、当該担保不動産ではない「麻布ガーデンハウス」や「白金台サンプラザ」の賃料債権を差押えることは、法律的に不可能なのである。もっとも、三和ビジネスがスンーズ社に対して、貸金返還請求訴訟を提起し、その勝訴判決を得たのであれば、当該担保物件以外の不動産の賃料債権を差押えることは理論上可能である。しかし、三和ビジネスは平成五年二月一五日に、延滞元利金の支払いがない場合は期限の利益を喪失したものとして取り扱う旨記載した催告書をスンーズ社に送付したというのであるから、平成五年二月には、訴訟の提起すらしていなかったことは明らかである。訴訟提起の前提として、仮差押をかける可能性は、理論的にはありえても、実現可能性はほとんどない。三和ビジネスが自己が抵当権者である不動産に対して不動産競売の差押と物上代位権の行使としての賃料債権の差押を申立てたのは、催告書の送付から八ヶ月以上が経過した平成五年一〇月下旬のことである。当該担保物件の賃料債権の差押すら行なわない抵当権者すなわち債権者が、あえて多額の保証金を用意して、物上代位に劣後する賃料債権の将来の差押えのために、保全に踏み切るなどというのは、机上の空論だからである。
 本件公訴事実には、最高裁が本罪の成立要件として掲げる「現実に強制執行を受けるおそれのある客観的な状態」の記載がない。犯罪成立要件の記載のない無効な起訴状というべきである。
 その点をおいたとしても、検察官が住管と同様に、三和ビジネスの催告書の送付により、「現実に強制執行を受けるおそれのある客観的な状態」があったなどと主張するのであれば、それは強制執行に関する不勉強の結果を世間に晒すものといわなければならない。
第三 被告人の勾留の不当性について
 一 スンーズ社の行為が、強制執行妨害の疑いを生むものであったとしても、すでに三年の公訴時効期間をはるかに超える過去の事実であるから、証拠資料の散逸や関係者の記憶の希薄化による事実の把握の困難さという面から、捜査自体に着手することをためらうのが通常である。

 しかし、住管・警察・検察は、ある人物に狙いを定めて、捜査に着手し、スンーズ社の四名に対する逮捕勾留を繰り返し、記憶が希薄化し、反論すらできないのを利用して、ある人物からの指示で行なったと言えと自白を迫った。黙秘し、反論し、否認する者に対して、「安田を守るための弁護人である」などという誹謗中傷を繰り返して弁護人の解任を迫った。スンーズ社の債権者は多数であったから、逮捕勾留を繰り返す旨の恫喝は、スンーズ社の者にとっては、現実的な恐怖をもたらすものであった。

 二 警察・検察は、被疑者の追及において、「賃料隠し」なる言葉を多用した。この実体のない言葉は、多額の負債を抱え、道義的な責任を感じているスンーズ社の四名に罪悪感を覚えさせることに成功した。その責任の所在をある人物に転化させてしまえば、その罪悪感から逃れられるとの思いから、安田弁護士の指示という、本件の構図ができあがったのである。
 被告人は、法的助言を行なう立場の弁護士にすぎない。スンーズ社の経営に関する意思決定は、スンーズ社内部の問題である。しかるに、被告人の事務所で行なわれた打ち合わせは、「経営会議」などという名称のものに仕立て上げられ、その主催者が被告人であるかのように供述調書がとられていくのであるから、警察・検察の想像力には敬服するしかない。

 三 警察・検察が被告人を狙う理由は明白である。被告人が死刑廃止運動のリーダーとして、死刑執行阻止のために人身保護請求を行ない、あるいはオウムの麻原弁護団の主任弁護人として、真相解明のために、警察側証人に対する容赦ない尋問を行なうことに対する攻撃である。被告人を悪徳弁護士に仕立て上げ、被告人ばかりか被告人と同様に人権擁護を志す弁護士に対する世間の信頼を失わせることである。
 裁判所は、決してかかる行為に加担してはならない。

 四 弁護人は、これまで二回の保釈請求を試みたが、刑事第一四部の裁判官は、いずれの請求も却下した。「被告人が罪証を隠滅すると疑うに足る相当の理由があるとき」(刑訴八九条四号)に該当するという理由であった。
 本件公訴事実に対する弁護人の意見の中に、隠滅すべき罪証があったであろうか。スンーズ社の四名の供述の当否を問題にする以前に、本件の公訴事実自体の問題点を指摘したのである。それが法律的な論争を必要とするものであれば、堂々と議論すべきものであろう。その論争を踏まえて、スンーズ社の四名の供述のどこに問題があるかを審理するのが、当裁判所に課せられた任務である。被告人は、被告人自らのこれまでの弁護士活動に誇りを持っている。証拠隠滅行為などというのは、自らが恥じる行為を犯した者について言える言葉であって、被告人には全く無縁である。被告人に先駆けて逮捕勾留されたスンーズ社の四名に対しては、同情こそすれ、責めるつもりは毛頭ない。むしろ、彼らの弁護ができなかった故に、彼らに汚名を着せる結果となったことを残念に思うだけである。
 被告人は、すでに三ヶ月に及ぶ身柄の拘束を受けているが、この間に失ったものは、刑事補償や国家賠償で償えるものではない。これ以上の身柄の拘束は、被告人の弁護士生命を奪うものとなりかねない。
 弁護人は、本日、客観的な証拠の大部分について、その取調べに同意する予定である。それとともに、保釈の請求を行なうので、裁判所においては保釈を認めるように強く希望する。

以上



(掲載者註:安田さん以外の個人名はイニシアルにしました)